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第6話
トビアスは書斎に出入りしてあらゆる書物を探ったものの、学のない田舎者のトビアスにはさっぱりわからない本ばかりだった。
ならばとユリアンと過ごす時間を一層増やす。食事の用意も風呂も何もかも。
その結果、ユリアンが寝静まるのはごく稀だということをつい最近知った。
長い時を生きる悪魔だから、睡眠のサイクルも違うのかもしれない。トビアスは慎重にそのタイミングを図った。
既に2回失敗している。
最初は、寝室に潜り込んだ気配と物音で目が覚めてしまったようだった。それを受けて、2回目は嵐の夜にしたものの、やはり気配で起こしてしまった。
もう、失敗は許されない。
トビアスは既に50をとうに過ぎていた。
「今日はプレゼントがあるんだ。」
トビアスは、そう言って両手いっぱいの花を差し出した。
白に赤にピンクに黄色。
色とりどりの花を144本。
春を迎えてたくさんの花を咲かせる森を駆け回り、綺麗な花を厳選した。本当は薔薇を用意したかったのだけど、こんな森の中ではそれも不可能。街に出るには遠すぎる。
致し方ない。
ほっそりしたユリアンの身体には余るほどの花たち。
花束というにはあまりに粗末なそれらを、ユリアンは大切そうに抱えた。
「朝からどこへ行ったのかと思えば…嬉しいです、ありがとう…!」
涙を浮かべたその微笑みは、花よりもずっと可憐であった。この笑みが、また孤独に押し潰されないためなら。
トビアスはグッと拳を握る。決意は固まった。
今夜、決行する。
溢れそうになる涙を堪えながら、痛みに苦しみに叫び出しそうになる喉を抑えながら、トビアスはその日、考え付く限りの方法でユリアンを愛した。
胸がズキンと痛む。
いつかと同じ痛み。
トーマスの魂が、そしてトビアスの心が悲鳴をあげていた。
「ユリアンはいつ眠るんだ?偶には一緒に目覚めを迎えたい。」
見抜かれやしないかとヒヤヒヤしながらついた嘘がバレたかどうかはわからない。今日のトビアスは甘えん坊さんなのですかと頬を赤らめたユリアンは、トビアスの布団に潜り込んだ。
「では今夜は眠りましょうか。」
美しい微笑みと美しい声で紡がれたおやすみなさいは、何にも勝る子守唄。トビアスはこのまま眠り朝を迎えたい欲を抑え込み、ユリアンが眠るのを待った。
枕元には、あの日持ち出したシルバーと火打ち石がある。サイドテーブルには、たった今まで飲み交わしていた酒も。
震える唇で、寝息を立て始めたユリアンにキスをした。
唇に触れた刺激でユリアンはその美しい真紅の瞳を少しだけ覗かせた。まだ覚醒はしていないようだった。
「愛してる…今度は独りにしない。共に逝き、来世で共に生きよう。」
その夜、洋館は跡形もなく燃えた。
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