4 / 14

第4話「加害者:芳山 尚人」

 (もとき)との仲が決裂して、六年の月日が経ち、尚人(なおと)は親が勝手に決めた婚約者と結婚させられる事になった。それを切っ掛けに尚人は疎遠になってしまった幼馴染に連絡を取ろうと思い立った。  少し震える手でスマートフォンのアドレス帳を開いて電話を掛ける。呼び出し音が鳴り出し、相手の電話番号が変わっていない事に安堵した。辛抱強く待ち続けると、漸く相手が出た。 「久し振り、基。…俺の事、わかる?」 「わかるよ。尚人だろ?」 「今、電話、大丈夫?…もしかして、外?」  時折、電話越しに雑音が聞こえる。車の音だろうと推測出来た。タイミングが悪かったと悔やまれる。 「今は実家の最寄り駅に向かってる途中。今日は実家に帰ってたんだ。尚人は実家?」 「うん。今はね。」 「話、長くなりそう?」 「いや、えっと…、久し振りだから、短いとあれなんだけど…。」  尚人は基の淡々とした応対に、歯切れが悪くなっていった。しかし次の返答で尚人の躊躇いが一蹴される。 「長くなりそうなら、会って話せば?」 「会ってくれるのか?…基、俺の事、嫌いになって、二度と会ってくれないって思ってた。」 「大分、謝罪のメール貰ったからね。…時間も経ったし、許せてると思うよ。」  その言葉に、これから話す事を過らせた尚人は、一瞬だけ胸を痛めた。 「俺さ、来月、結婚する事になったんだ。」 「そうなんだ。おめでとう。」 「それでさ…、思い残す事がひとつあって。…出会った時から、基のことが好きだった。小学生の時からずっと。」  意を決して告げると、沈黙が生まれた。尚人は焦り始める。 「電話、切らないでくれよ!…前にレイプし掛けたのは本当に悪かったと思ってる。だけど、一度だけでいいから、合意の上で基を抱きたいんだ。」  電話を切られる気配はないが、基は返事をしない。 「ご免!折角、俺の事、許してくれたのに。…だけどさ、このままだと、俺は前に進めない!」  暫くの沈黙の後、基の感情の籠らない声が発せられた。 「終わるよ。…セックスしたら、俺達の関係は終わる。もうメールも電話も受け付けない。それでも、いいのか?」  尚人は目に強い覚悟を宿すと、基の条件を承諾した。 「うん。…基とやれたら、基の事、諦めるから。」 「…わかった。今からホテルに行こう。」 「今から?」  尚人は慌てて腕時計で時間を確認する。夜の九時を回ったところだった。 「時間経つと、俺の気が変わるよ。」 「わかった!直ぐ、そっちへ行く!」  九月の終わりの夜の中へ、まだ夏の装いのまま、尚人は家を飛び出した。  駅へ着くと、スーツ姿の基を見つけ、走り寄った。元々大人びた顔立ちの基は、普遍的な美しさを湛えた姿で尚人を見据えてきた。 「久し振り。…スーツ姿だったから、一瞬、分からなかった。…実家でなんかあったの?」 「いや、午前中、仕事だったから…。」 「土曜も?…高校教師だったっけ?」 「うん。意外?」 「そうでもないよ。昔から、人に教えるの上手かったし。」  基は不意に歩き出した。 「何処に行くんだ?」 「取り敢えずタクシーに乗る。…ラブホでいいんだろ?」  潔い基の瞳は、今までに見た事がない冷たさだった。  尚人の下で白い裸体を晒した基が、激しい律動に苛まれ、苦悶の表情を浮かべている。 「声、出して…基!…そしたら、少し楽になるから!」  それでも基は頑なに声を上げようとしない。それならと繋がったまま基の上半身を抱え起こし、尚人は舌で彼の口の中を犯した。 「なぁ、基。…おまえも繋がってるとこ見ろよ。」  基は目を開けようとしない。此処へ来てからの尚人の豹変ぶりは、基を恐怖へ誘った。その恐怖から逃れる為に、基は全ての感情に蓋をする。 「いいよ、もう!その代わり、好きにさせてもらうから。」  尚人は結合をいきなり解くと、拡張されつつあった基の後孔に指を入れて中を弄りだした。そして、基の未だ萎えたままのものを丁寧に扱きだす。 「い…嫌だ!やめろ!」  その行為に対しては、基は激しく抵抗をみせた。その反応に尚人は嬉々とする。 「基のイクとこ見せてよ。」 「嫌だ!俺は…イきたくない!」 「逃げんなって!…ほら、もう感じてきてんじゃん。…気持ちいいんだろ?」 「気持ち…良くなんか…ない!…あぁ!…嫌だ!…そこ…、触んないで…!…や…あ…!」 「声…出るじゃねぇか。」 「んッ…んッ…ふ…あ…ッ!」  抵抗も虚しく、基は自身の腹の上に白濁の液をぶちまけた。 「あ~あ、俺のより先に、自分ので汚しちゃったな。」  尚人の指が液体を絡め取り、再び基の後孔へと滑り込んでいった。 「基のここ、使ってないって感じで安心したよ。…誰ともやってないんだな。」  基は顔を背け、再び目を閉じた。 「じゃあ、再開させてもらうよ。」  尚人の、まだ一度も吐き出していない怒張したものが、基の体を貫いた。衝撃に耐えようと、基はシーツを握りしめる。 「…小学生の…時から、俺を…こうしたかったのか?」 「…喋れるなんて、余裕あるな!…どう?痛い?」 「…んッ…質問に…答えろ…。」 「思ってたよ。…精通前からな。…射精覚えてからは、ずっと…おまえに…ぶっかけたくて、何度も…想像で犯した…!」 「…あの…黒い影…は…おまえだったんだな…。」  基は小学六年の夏に、尚人の部屋に泊まった時の出来事を思い出していた。あの時、幼い基の体を蹂躙した黒い影は、幽霊ではなく、尚人の思念が具現化されたものだったのだと思い至る。 「何の…話だよ…!」  幾度目かの激しい抽挿の後、尚人は達したようだった。 「…俺達、終わったな。」  荒い息の尚人の下から這い出した基が、彼を見下ろして言った。しかし、その彼を尚人は引き戻す。 「まだだよ、基。まだ終わりじゃない!」 「一度だけって言った筈だ!」 「一度だけっていうのは会うのがって事さ。一度だけ会って、セックスは無制限にする。…俺が精魂尽き果てるまでな。」 「ふざけるな!…もう、終わりだ!」  暴れる基を尚人は全力で押さえつけ、首元を締め付けると、彼は呆気なく落ちてしまった。  明け方近くに目を覚ました基は、薄闇の中、尚人の腕の中だと気付き、慌てて起き出そうとした。しかし意識のあった尚人により、動きを封じられる。 「あんまり力むなよ。…三回目以降、ゴム無くなったからさ。おまえの中、俺の出したやつで一杯の筈だよ。」 「…吐き気がする。」 「吐けば?…基が出す物なら全て平気だよ。」  身を捩って尚人から離れようとした基だったが、全身の体の痛みと腰の違和感に体を硬直させた。それを緩和するように、ゆっくりと息を吐き出す。 「…ここまで、尚人が俺の事、嗜虐的に扱うなんて、思ってもみなかったよ。」 「どうせ、会っても会わなくても、おまえとは終わりだった。どうせ終わるなら、やりたい事、全部やらせて貰おうって思ったんだ。」 「…最低だな。」  間接照明が僅かに灯る中、尚人が基の顔を覗き込む。 「これで俺は、基が一番憎む人間となったよな。」  基は怪訝な顔で、尚人を見つめた。 「…憎いとさ、一生忘れないだろ?…基が俺を愛さないのは分かっていたから、それなら、憎まれてやろうと思った。」  その言葉に、基は溜息を吐くと、尚人の願望を早々に散らす内容を告げる。 「一番じゃないよ。…俺が一番憎んでいるのは木野都香沙(きのつかさ)だよ。」  尚人は耳を疑った。基が口にした名前は、過去、尚人自身も恨んだ事のある人物のものだった。しかし、ここ数年、思い出す事のなかったその名前に、彼は酷く驚かされた。 「あの女の所為で、俺の人生が狂った。…高校の時のレイプも、あの女に出会ってなければ起こらなかったかも知れない。…一番最悪な変化も起こった。親父が俺に妄執的になって、月に数回、俺の裸を見るんだ。今日だって、見せて来た帰りだった。」 「あの親父さんが…?」 「風呂で全身を洗われる。体の全部をね、確認されるんだ。…今日がその日なら、おまえ、親父に殺されてたかもよ。」  尚人から力が抜けたのを感じた基は、痛みに耐えながらベッドを抜け出した。彼の太腿を尚人の精液が伝い落ちていくが、彼は気にする素振りを見せない。 「尚人、残念だったね。」  そう言い残して、基は浴室へと姿を消した。

ともだちにシェアしよう!