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第9話「加害者:室生 朔也」

 初夏になると、流石に暑くて誘われないだろうと思っていたガラス張りの離れへ、夕食後、基は強引に朔也によって連れ込まれた。  以外にもそこは空調が効いていて、過ごしやすい室温に保たれていたが、基は冷たい汗を掻いた。 「気分転換にさ、たまには此処で勉強してもいいんだよ。」  基が宿題を言い訳にする前に、先手を打つように朔也が言った。仕方なく基は座らされたソファへ身を沈ませる。 「ねぇ、基君。」  朔也はソファには座らずに、基の前に中腰になって顔を近付けた。 「ここを避けてる本当の理由、そろそろ教えてくれないかな?」  朔也の執拗さに驚きつつ、言い訳が通用しないと分かった基は、彼に本当の事を話す決意をした。躊躇いながらも口を開く。 「…ここに来ると、嫌な記憶が視えるんです。」 「記憶?何それ?…霊感的な?」 「霊感とかじゃないとは思うんですけど…。」  更に躊躇いを強めながら、基は言い難そうに言葉を続ける。 「ここで、朔也さんの叔父さんが女の人を…多分、強姦していて…。それを…まだ幼い朔也さんに見せつけて…顔に…掛けたりしてる光景が頭に浮かんで来て、ここに来たくなかったんです。」  今まで、にこやかだった朔也の表情が強張った。 「へぇ。…君、顔に似合わず、えげつない妄想するね。」  朔也の態度は基にとって想定内だった。 「叔父さんの容姿も分かってますよ。俺が視たのは朔也さんのトラウマだ。…心当たりありますよね?今だって、脳裏に焼き付いて離れないんでしょう?」  事実を突き付けるように言うと、朔也が観念したように溜息を吐いた。 「本当に視えるの?」  朔也が基の頬に手をやる。その瞬間、鮮明な、おぞましい映像が彼を介して基を支配してきた。 「嫌だ…!もう、見たくない…。見たくないのに…!」  基は譫言のように繰り返すと、そこで意識を失った。  暫くして、基は自室のベッドで目を覚ました。朔也が傍で見守っており、驚いた基は体を起こして、壁際へ逃げた。 「大丈夫?」  優しく心配され、基は申し訳なくなり、黙って頷いた。 「…さっきは驚いたよ。君に超能力みたいなのがあるなんて夢にも思わないからさ。…人の心が読めるの?」  朔也の表情には警戒心が見え隠れしている。 「そんなんじゃないんです。時々、記憶の断片みたいなのが視える事があって…。基本、役に立たないものなんです。」 「そう。…じゃあ、今、俺が考えている事が読めたりとかはないんだ。」 「はい。」  基は正直な気持ちで頷くと、朔也も彼自身の過去を話し始めた。 「俺の叔父さんが、あそこに女の人を連れ込んでセックスしてたのは事実だよ。あそこは植物に囲まれてるけど、ガラス張りだし、スリルを味わっていたのかも知れない。…俺が小学四年の時に盗み見たのを切っ掛けに、叔父さんは俺に見せつけるようにして、するようになった。…これって性的虐待だと言われるかも知れないけど、俺的には、そうは思ってない。…だからトラウマとかじゃないんだ。」 「でも、怖かったでしょう?」  基は身震いして同意を求める。あの光景には恐怖が存在していたと確信していたので、トラウマではないと言う朔也の言葉が信じられなかった。 「いいや。…最初は叔父達の行為の意味がよく分かってなかったし。…それなのに、少しだけ興奮してた。…異常な反応だと思う?」  答えを求められ、基は真剣に言葉を探した。 「いいえ。…だけど、もし…朔也さんが、叔父さんと同じ事をしたいと思ったりしたら、異常なのだと思います。」  朔也は基の答えに感心させられる。 「基君は大人だね。…その答えを聞いて、俺は安心したよ。…有難う、基君。」  朔也は立ち上がった。基は慌てて彼を呼び止めた。 「朔也さん、あの!…俺が何か視えるとかって…。」 「誰にも言わないよ。…君も、叔父さんの性的嗜好の事、誰にも言わないでおいてくれる?」 「分かっています。…元々、朔也さんにも話すつもりなかったですから。」  朔也が部屋を出た後、基は少しだけ頭がスッキリした気がした。その効果の所為か、彼は悪夢から解放される事が出来た。  朔也に秘密を話した週の土曜日、いつもなら既に実家に帰っている筈の基だったが、父親の仕事の都合で、夕方まで迎えを待たされる事になった。  月の下宿代に土日の食費が含まれてない為、基はコンビニに買いに行く事を決めて、外出の準備をした。そこへ朔也がやって来る。 「基君、朝食の準備出来てるけど、一緒にどうって母さんが。」 「いえ、今日は…。土日の食費は払っていないので、今から何か買って来ようかと思っています。」 「そんなの気にしなくていいって。」  一階のダイニングルームへ行くと、朔也の母が準備してくれた朝食が二人分用意されていた。 「申し訳ないけど、これから私は出掛けるの。お昼はサンドイッチを作ってあるから、朔也と一緒に食べてね。」  朔也の母は優しく微笑むと、外出準備の為に慌ただしく部屋を出て行った。 「今日、母は友人の美術展に行くそうだよ。…父は出勤したし、君も出掛けないのだったら、俺と二人きりだね。…お父さんが迎えに来るまで、此処にいるんだよね?」  朔也は念を押すように問い、基が頷くと、安堵して笑みを浮かべた。  程なくして、朔也の母が出掛けてしまうと、二人だけの空間となった。 「あの、朔也さん。飲み物、頂いてもいいですか?」  朝食を食べ終わった頃、基の口腔内は鼻炎の薬を飲んだような渇きに襲われた。朔也は冷たい緑茶を基のグラスに注ぎ、それを口にする彼の顔を間近で覗き込んだ。 「基君、目を見せて。…ああ、瞳孔が散大してる。君の目は色素が薄いから分かりやすいよ。もう、効いてきたね。」 「何…?」  基は疑問を口にしようとして、心拍数が上昇してくる感覚に体を硬直させた。その基の耳元に朔也は囁く。 「あの温室にある植物の一部が、幻覚性植物だと言ったら、君は驚くかな?」  朔也の唇が基の耳から頬にかけて這っているが、基は自分に起こっている症状を理解する事で精一杯だった。 「キノコ類はないけどね、ベラドンナとかチョウセンアサガオとかナス科の植物を育ててる。それらから抽出した物を君の朝食に混入してみたんだ。」 「…何の為に?」 「君に抵抗されない為にさ。」  朔也が基の唇に軽くキスをした。 「今日は温室で楽しもうね。でも、その前に準備しなくちゃね。…美人の君でも、腸内は洗浄しないとダメだろ?」  基は朔也の意図が理解出来なかったが、身の危険を感じ、椅子から立ち上がろうとした。しかし力が入らずに、椅子から転げ落ちた。 「動けない?…分量間違えたかな?じゃあ、縛る必要はないね。ちょっと、大人しく待っててよ。」  朔也がダイニングルームを出て行った。その隙をみて、基は携帯電話をズボンのポケットから取り出した。 ――羽京さん…!  従兄を思いながら、覚束ない手で着信履歴から適当に発信した。相手は僅かに二回目のコールで応答してくれた。 「基?」 「…羽京さん、助けて!」 「俺、尚人だけど。…どうしたんだよ?今、何処?」  電話に出た相手は幼馴染で親友の芳山尚人(よしやまなおと)だった。 「下宿先。…助けて!…今直ぐ、助けに来て!」  基はそこで朔也の足音を察知した。床を這い、いつも朔也の父が座るダイニングチェアーに携帯電話を通話状態のまま置いた。それから、立ち上がる努力をして、リビングルームへふらりと移動した。しかし、敢え無く戻って来た朔也に捕まってしまった。 「…朔也さん。どうして、こんな事を…?」 「君が答えを出してくれたからだよ。…叔父さんと同じ事をしたいと思ったら異常だってね。そう、俺は異常だったんだよ!異常だって理解したら、急に気が楽になってね…。本当は叔父さんみたいに女の子を連れ込むことを考えたんだ。だけど、君を見てるうちに、君でもいいかなって思えてきてさ…。知ってるかな?男同士でもセックス出来るって。」  基の思考は不意に途切れた。朔也にされるがままになり、彼が次に思考を取り戻したのは、温室の中央に全裸で横たえられ、後孔を指で弄られていた最中であった。 「遅かれ早かれ、君みたいな子は、誰かに()られてた筈だよ。初めての相手が、俺みたいなイケメンで良かっただろう?」  朔也の指の代わりに、彼の性器が基の中心に宛がわれた。 「解したけど、キツイね。でも、君が抵抗しないから、…どんどん入っていく。…あー、やべぇ、腸内の温度、たまんない。気持ち良すぎ…。」  朔也は基に腰を打ち付けながら、その片手にビデオカメラを構えた。  基に朔也の声は殆ど届いていなかったが、カメラにだけは反応して怯え出した。今、彼の中で自身を苛む人物は、心の傷である木野都香沙(きのつかさ)という女性だった。 「基君も、写メ送ってよ。…セクシーな奴。…私が撮ってあげようか?」  逆光で顔の判らない都香沙が、笑いながらデジタルカメラを向けている姿が見え、基は顔を覆った。幻覚、幻聴だと分からないまま、彼は怯え続ける。 「止めて…木野さん…。撮らないで…!」 「誰?…幻覚見てるの?…顔、隠さないでよ。…何?カメラが怖いの?」  朔也はカメラを横に置くと、基を抱き起こし、結合を深めた。 「君が卒業するまで、この関係を続けよう。…慣れたら、ドラッグ無しで犯してあげるよ。」  執拗に、何度も体位を変えられながら、何度も朔也の放つ白濁の液体が、基の体の外、または内部を汚した。  基から着信を受けた尚人は、取るものも取り敢えず、基の下宿先へと向かった。以前、メールで貰っていた住所を携帯電話のマップで確認しながら、やっとの思いで大きな邸宅に辿り着く。  インターホンを鳴らすが反応はなく、扉は施錠されている為、尚人は中庭へと移動した。そこで、ガラス張りの部屋を見つけると、そこから渡り廊下が邸宅に続いている事に気付き、彼は侵入を試みる為に渡り廊下に上がった。  不意にガラス張りの部屋から物音が聞こえた気がして、邸宅から意識を移した。ガラス張りの中は植物だらけに見えたが、長身の尚人には、部屋の中央を見遣る事が出来た。  その光景に、一瞬だけ彼の血の気は引き、それから反動のように全身の血を滾らせた。怒りのままにサッシの扉を撥ね開けて中へ入ると、全裸の親友を穿つ凌辱者を引き剥がし、鉄拳を繰り出した。  血飛沫が舞う。  室生(むろう)邸での事件から二日が経ち、基はやっと正常な意識を取り戻した。父親の和彦が泣きながら彼を抱き締め、詫びの言葉を繰り返している。その横で母親も泣いていた。  朔也から受けた行為を記憶していない基は、両親の涙に呆然とさせられた。やがて、朔也の叔父が女性にした猥褻な行為を、自分も朔也により受けたのだと、ぼんやりと推測した。 「朔也さん、どうなっちゃったの?」  基が問うと、和彦は抱き締める力を緩め、彼の耳元に囁いた。 「尚人君が酷く彼を殴ったみたいでね、今、彼は入院中だ。回復後、彼は法的に裁きを受けるよ。」  基は警察沙汰になってしまった事を知り、動揺し始めた。 ――尚人じゃなくて、羽京さんに連絡したかったのに…。俺が、間違った…。  

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