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しあわせのかたちを手に入れるまで6

 竜馬がお昼ご飯を食べに戻ると、事務所に小林の姿はなかった。 (――くそっ、やっぱり逃げられた!)  被っていた帽子を脱いで、小林の傍で仕事をしていたおばさんに話しかけてみる。 「お疲れ様です。今日は朝から何だか忙しなかったですね」 「竜馬くんもお疲れ様! 小林さんの知り合いから、大口の仕事が入った関係でちょっとね。だけど店舗の売り上げに繋がることだから、忙しくてもへっちゃらよ」 「そうだったんですか。それで小林さんはどこへ?」  店の外に促し、トラックの荷台で訊ねたときは「ちょっと、な……」のひとことのみで、詳しく説明してくれなかった。なぜ大口の仕事を隠したんだろうかと顎に手を当てて考える竜馬に、おばさんが朗らかに口を開いた。 「その大口の仕事をくれた知人と一緒に、ランチしてくるって言ってたわ。仕事の打ち合わせも兼ねているから、2時間ほど戻らないそうよ。今まで仕事でランチするなんてしたことがないから、ちょっとだけ不思議に思ったの」 「そうですね。珍しいというか……」 「もしかして、婚活かもよ?」  告げられた言葉に、自分の笑顔が引きつるのが分かった。 「えっと、そう思うのはどうしてでしょうか?」  恋人に黙って婚活するなんて絶対にありえないことなのに、そう考える根拠が知りたかった。するとおばさんは席を立って小林のデスクに移動し、デスクマットに挟まれていた名刺を取り出して竜馬の前に差し出してきた。引き寄せられるように、表面に印刷されている文字を読む。 「○○グランドホテル支配人の安藤 薫さん? 随分と大きなホテルの知り合いなんですね」 「うふふ。わたしたち同僚と顔を突き合わせてお昼を食べるより、綺麗な女性と一緒のほうが美味しくお昼を食べられるんじゃないかしら」  竜馬に見せた名刺を素早く元に戻すと、自分の使っているパソコンに何かを打ち込み、その画面を竜馬に見えるように向きを変えてくれた。画面は○○グランドホテルのホームページで、そこに映っていたのは支配人として顔写真が出ている、柔らかく微笑んだ安藤 薫さんの姿だった。 (小林さんと同じくらいの年齢に見えなくもない。女性で支配人って、すごい人なんじゃないのか!?)  問い詰めようとした恋人が目の前にいないだけでも心が沈んでいるのに、竜馬の知らない事実を突きつけられたせいで、気持ちが暗いところへどんどん沈み込んでいく。片手に持っていた帽子を意味なくぎゅっと握りしめた。 「とにかく小林さんが会社に戻ってきたら、根掘り葉掘り話を聞き出すわ。おめでたい話だといいわよね」 「そう、ですね。小林さん自身、もういい年なんだから再婚しても、全然おかしくないですし」 「でもね、良い人すぎても女としては物足りなさを感じるものよ。それはそうと竜馬くんの彼女って、本当に年上なの? 意外なんだけど」  竜馬に手出しをさせないように小林が変な噂を吹聴したせいで、弊害が突如生まれた。気落ちしている状態の竜馬にとっては、まさにバッドタイミングの質問になる。 「あー……確かに年上なんですけど、年上らしからぬくらいにおっちょこちょいなので、実際は年下みたいに思うことがしばしばありまして」 「ふふっ、しっかり者の竜馬くんがいれば大丈夫なのね。どんなコなのか写真見せて?」 「すみません。彼女、写真嫌いなもので。持ってないんです」 「そう。今どきのコにしては珍しいわね。いくつ離れてるの?」  矢継ぎ早にされる質問に、困り果てるしかない。 「……ナイショです。プライベートな質問はここまで。すみません」  おばさんから逃げるように身を翻し、自分の席に辿り着いた。そっと振り返ったら、残念そうな顔した視線と目が合う。  苦笑いを浮かべて小さく会釈し、素早く顔を元に戻した。  小林との恋愛を隠していかなければならないことに、多少なりとも胸が痛んだ竜馬のテンションは、面白いくらいに急降下した。 (俺が必死に隠しても、小林さんがデレてどこかでポカしないといいけどな――)  そんな心配が頭の中に過ったので、いろんなことを含めて話し合いをしなければならないと考えたのだった。

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