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想いを重ねて――

 前の恋は、己の身を焦がすようなものだった――あのときのことを思い出すと、今でも胸が絞られるように痛くなる。もう恋なんてしないと思っていたのにな……  隣で口を開けたまま眠る愛しい人の寝顔を覗き見ながら、先ほどまでのやり取りを思い出してみた。  俺の予想を裏切ることなく、直前でビビった小林さんを押し倒してやったんだ。 「おっ、お前みたいな奴にヤられるほど、落ちぶれちゃいないんだからな!」  なぁんて若干震えるような大きい声で言い放つと、俺の肩を掴んで力いっぱいに押し返されてしまった。  ゴンっ! 「痛っ!!」 「あ、済まん……つい!」  後頭部をフローリングの床でしたたかに打ち付けた俺を見て、小林さんは焦った表情をあからさまに浮かべ、両腕を意味なくばたつかせた。 (普通ならその手を使って痛めたところを撫で擦るとか、悪かったなと謝ってぎゅっと抱きしめることをしたらいいのに)  そんな不器用過ぎる姿に、思わず笑みが零れてしまう。 「だ、大丈夫なのか?」  アキさんとは全然タイプの違う、この人を好きになった理由(わけ)。 「大丈夫ですよ。こうみえて、結構頑丈に出来ているので」  困り果てているその顔に両手を伸ばして、頬を包み込んでやる。手のひらに伝わってくる小林さんの熱が、本当に心地いい―― 「竜馬……?」 「俺に手を出される前に、さっさとヤっちゃってくださいよ」  いつでもどんなときでも俺のことを一番に考えてくれる、とても優しいこの人が好きだ。 「ヤっちゃってなんて、軽々しく口にするなよ」 「だーって小林さんってば下半身はヤル気満々なくせに、なかなか手を出してくれないから」 「くぅッ!!」  事実を告げた途端に、顔を真っ赤にして息を飲む。しかも両手を万歳したままという、マヌケ過ぎる姿で停止するなんて―― 「……そんな可愛い貴方が大好きですよ」  相手を思うあまりに躊躇して手を出すことができずにいる小林さんのように、アキさんに接していたら、どうなっていたのかな。そもそも不毛な恋だったのに、手を出さなかったら余計に何も起こらないか。自分の気持ちを知られることなく燻らせて終わらせるなんて、俺には絶対にできない。 「小林さん、辛かったら言ってほしいんだ」  真っ赤な顔をそのままに目を瞬かせ、きょとんとした表情を浮かべた。 「俺、すっごく重いから。相手の気持ちを考えずに、押しつけちゃうところがあるんだけど、上手くコントロールができなくて……」 「そうか。俺は別に構わないけどな」 「えっ?」  頭をぽりぽり掻いてから考え込むように腕を組んだ姿を、まじまじと見つめてしまった。 「この年で、そんな風に想われるのも悪くはないかなぁってさ。不器用な俺なのに、逆に大丈夫かよって思うぞ」 (ほらまた、俺のことを考えてる) 「……そんな優しい貴方だからこそ惹かれたんですよ。この身を今すぐに奪えるくせに、奪わない貴方だから――」  こんな俺を大事にしてくれるなんて、有難い話としか言えない。 「……後悔、しないのか?」 「しませんよ。する意味が分かりません」  即答した俺の言葉を聞き、意を決してシャツのボタンを外していく。 「悪いが途中で止めてと言われても、もう引き返せないから。お前が欲しくて……堪らないんだ」  掠れた声で告げたと思ったら、噛みつくようなキスをしてきた。小林さんの愛情に身を任せるべく、ぎゅっとその身体を抱きしめ、されるがままでいた。逃げ出したい気持ちなんてなかったけど、はじめてだし怖くないと言ったら嘘になる。 「あぅっ、んんっ……はあ、あっ、あっ」  そんな恐怖心を打ち消すように、感じる部分に這わされる唇や舌、そして大きな手に否応なしに感じさせられて、あられもない声が出てしまった。  そんな自分が恥ずかしくなってしまい目を閉じて横を向き、ビクつかせる躰を押さえるように、シーツを強く掴んだ。その途端に躰にかかっていた重みがふっと消え、シーツを掴んだ手の上に重ねられる、大きな手の温かさをじわりと感じた。 「えっ?」  ゆっくり目を開けると躰を横にずらした小林さんが、心配そうな面持ちで俺の顔を覗き込む。 「小林、さん?」 「……悪い。貪るように抱いてしまって。怖かったんだろ、お前」  言いながら空いてる手で、宥めるように俺の髪を撫でる。何度も何度も―― 「そりゃあ怖いけど……。それだけじゃなくて感じてる姿を見られるのも、かなり恥ずかしいから」 「ふっ、可愛いことを言うじゃないか。もっと感じさせてもいいのか?」  頭を撫でていた手を使って、小林さんの方に顔を向けられた。俺が返事をする前に、強く塞がれる唇。責められる前に、ちょっとだけ荒れている唇の表面を、舌先を使って舐めてあげた。 「ンっ、ああ――」  小林さんが俺を感じさせるように、俺もこの人を感じさせてやりたい。感じさせながら溺れさせて、離れられないようにしてやりたいんだ。 「り、竜馬……」 「ひとりきりの明日なんていらない。小林さんと一緒にいる、未来だけがあればいい。だから……忘れないで。俺が貴方を愛しているんだっていうことを」  この日の夜を俺は絶対に忘れない――止められないと言ったくせに中断して、大事に俺のことを想ってくれた貴方を。  心の内を告げた俺を、小林さんは瞳を細めてじっと見つめてから、左手の薬指にくちづけを落とした。 「お前が俺を求めるなら、いくらでもくれてやる。これからずっと一緒にいよう。心の底から竜馬を愛しているから……」  柔らかく笑いながら、そっとキスをする。最初のときとは違う優しいキスに、小林さん自身を重ねてしまった。包み込んでくれるような温かさを含んだそれに応えるべく、俺も同じものを返す。  静かだけど深く柔らかくてあたたかい愛は、とても居心地がいい――こんな愛し方を教えてくれた貴方を、永遠に愛し続けることを誓います。 【Fin】 拙い作品を最後までお読み下さり、ありがとうございます。

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