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01. 「姫」

――十時間前―― 「慧、今日一緒に帰れない」  隣の家に住んでいる多比良慧(たいらさとる)と僕、上地要は、小中高とずっと同じ学校で、ずっと一緒に登下校をしていた。もちろん仲はいいけど、仲がいいから一緒に登下校しているというより、一緒に登下校してほしいと慧の両親に頼まれているから、というのが正しい理由だった。  もうすぐ高校に着く、という頃。僕らの隣を駆けていった見知らぬ男子生徒の後ろ姿を見て、僕は思い出したようにそう言った。 「えっ、どうして……?」  本当に不安そうに瞳を潤ませて、僕を見上げる慧は、誰が見ても美少年という言葉がぴったりだ。儚げで、一人じゃ何もできなくて、か弱くて。そのせいで、慧は何度も変な奴に声をかけられたり、連れ去られそうになったりしている。いくら可愛いって言っても慧は男なのに、意味がわからない、と小さい頃は思っていた。  だけど、最近はなんか、こういう表情されると、心臓のあたりをくすぐられたみたいにドキッとしてしまう。  僕はそんな気持ちを振り払うように小さく咳払いをして、それから、 「山内ってわかる? うちのクラスの」と言った。 「うん、サッカー部の人だよね」 「そう、そいつがさ、ちょっと今日話があるらしくて」 「……ふぅん、そっか! わかった」  慧の反応に、なんだ、と少しだけがっかりした。終わるまで待ってるよって、言わないんだな、って。やっぱりなんか、僕―― 「……僕ってやっぱ、なんか変なのかな」 「え?」 「あ、いや、なんでもない」  慌てて首を振り、否定する。そっか、と笑った慧はやっぱりすごく可愛い。僕はもう一度、首を左右に振った。 「よっ、上地、おはよう」 「山内、朝から元気だな」  突然、クラスの山内に後ろから声をかけられた。僕と慧の間に割って入ってきた山内に、慧がさり気なく距離を取った。山内はそんな慧には気づきもせず、遠慮なしに僕の肩に腕を回す。 「いやそりゃ元気にもなるでしょ!」 「うるさいな、耳元で叫ぶな」 「聞いてくれ、俺、今日、告白する!」 「え?」  顔をしかめて山内の方を見た。テンション振り切っている山内の向こう側で、慧がちょっとだけ驚いたような表情をしていた。目が合った気がしたけど、すぐに逸らされる。 「結果は放課後のお楽しみな」 「まさかその結果報告のためだけに僕を呼びつけたんじゃ――」 「じゃあな、上地、姫!」  僕の質問には答えず、山内はスキップでもし始めそうな勢いで、僕と慧を追い抜いていった。 「姫……?」  姫、と呼ばれた慧が、不思議そうな顔で山内を見送っている。 「あー、ごめん、山内が勝手に慧のことそう呼んでて」  本当は、山内がそう呼び始めたせいでうちのクラスは全員が慧のことを「姫」って呼んでるけど、まあ、それは伏せておこう。  僕は少しだけ視線を外してそう言うと、ズレてもいない眼鏡を指先で押し上げた。 「そうなんだ。じゃあ要くんが王子様かな?」  慧が控えめに微笑みながら、そう言った。  ドクン、と心臓が揺れる。まるで慧が僕の心臓を掴んでいるみたいだ。慧の何でもない一言で、僕はこんなに動揺してしまう。 「……僕はかっこよくないから」  否定すると、慧は残念そうに、 「そっか」と笑った。

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