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第3話

「今日から、ここがユウチの世界の全てだよ」  奥座敷は、想像していたものと違った。  煌びやかな照明が至る所に配置され、豪華なリビングに、寝室。そして、風呂にキッチン、さらに書庫にトレーニングルームまである。  まるで、マンションの一室。  ここが窓ひとつない地下だということは、全く感じさせない。  一人には豪華すぎる設備。  今日から、ここで暮らす。  死ぬまで、ずっと。  学校に行かず、ミチルと会うことも叶わない。  これからはたった一人、シュウだけを見て過ごすのだ。  そう考えた途端、想いがあふれ出た。  最後に一目だけミチルに会いたい。  お別れの言葉を伝えるだけでいい。  ほんの一瞬だけでいいから、彼に会いたい。  彼の顔を目に焼き付けたい。  あの笑顔を忘れないように。  会いたい。  なぜ、こんなにも彼のことが気になるのだろう?  わからない。  恩人の彼と似ているから?  そうじゃない。  ミチルだから……  高潔な一匹狼の癖に、とんでもなく不器用で優しいミチルだから。  ミチルに会いたい。 「どう? 気に入った? ユウチの為に改装したんだ。昔は、もっと殺風景だったから」 「昔?」 「うん。僕がこの部屋の存在を知ったのはユウチがこの家にやってくる半年ほど前だよ」 「ここにいた人はどうなったの?」  シュウは答えずに、背中から抱きしめた。そのまま、首筋に唇を落とす。  反射的に体に震えが走る。いよいよ、番うのだ。  番は、吸血鬼のように首筋に噛みつくだけで成立する。  αの犬歯で貫かれることにより、死が二人を分かつまで離れることのできない絆が生まれる。  首に走る痛みに備えて身構えたのがわかったのか、小さく溜め息をついて体を離した。 「ここにいたのは、僕を生んだ人。偶然、この部屋を見つけた僕は、知らずに懐いた。毎日、通ったよ。優しくて、信じられないほど綺麗な人だった。大好きだった」  当時の様子を思い浮かべているのか、見たことがないような柔らかな眼差しで部屋を見渡している。 「そうしているうちに、あの人に発情期がやってきた。それに触発され、当時3歳だった僕もヒートした。驚くだろ? 小さな子供のはずなのに、もう、いっぱしのαのオスだったんだ。発情期を共に過ごし、最後の夜に出張から帰って来た父親に見つかった。僕には何も言わなかったよ。だけど許せなかったんだろうね。次の日には、その人は消えた。父親の運命の番だったんだ……だから、三条家には珍しく、僕には兄弟がいない」  シュウは、フワフワと漂わせていた目線をユウチに戻し、正面からとらえた。  頬が濡れている。 「それからすぐにユウチがやってきた。母親が手配したんだ。性に目覚めた僕にΩをあてがうために……ユウチを最初にみたとき、あの人に似ていてびっくりしたよ。儚げで綺麗で……もう二度と、愛する人を失いたくない。僕を裏切らないで……もし、裏切ったら、父親と同じことをしてしまうかもしれない。ユウチを失いたくない。お願いだからそんなことを僕にさせないで」  シュウは膝をつき、ユウチの腰に顔を埋めた。  背中が小刻みに震えている。  いつも自信に満ち溢れ、けして弱音を吐かない。  そんなシュウの初めての姿に、胸が掻き毟られるように痛む。  ずっと側にいてくれた。  シュウが、支えてくれたからここまで生きてこられた。  この人のためにできることはなんだろう? 「約束する。僕はシュウを裏切らない」  ユウチは、「ミチルに会いたい」という言葉を飲み込み、幼子のように自分にしがみつく背中をそっと抱きしめた。

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