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第6話

 清涼が何かしたにしても、何をすれば一瞬で二人も気絶させられるのか。もしかしたら妙な薬を使っているのかも知れない。そんな危ない奴とはさっさとサヨナラしたいので、今回の京都旅行で清涼の肉体を見つけ出さないと。とは言っても探し物は探す前からここにあるので楽勝だ。  さて京都への出発の朝。  通販で届いた服を着た清涼は可愛いかった。適当に選んだ服はどれもユニセックスな雰囲気で、長い髪のせいもあって女の子に見える。 「さいっこーだな。清ちゃんどこ行きたい?高速のインター近くにお城がいっぱい並んでたら、どのお城に入ってみたいか教えて」  車を出してくれた賢道はハンドルを握りながら上機嫌で、女しかダメなはずなのに、連れ歩くには見た目が可愛いければなんでもいいらしい。 「紅葉があつらえて下さった着物に襦袢は要らぬとは、このような薄手の形で道行くなど、辱めを受けているようで……君の悪戯な振る舞いがプレイ」 「お前ついに片仮名まで喋り出したな」  後部座席にちょこんと座って恥ずかしそうにモジモジしている清涼は、このちょっとポーッとしている感じや現実と妄想の区別がつかなくなった所が薬中そのもの。一度セックスした相手には情が湧くもので、残念な奴だと思っても哀れになる。  可愛い奴で嫌いじゃないんだ。だから校正して戻って来て欲しい。 「清涼おいで、白い粉持ってたら出して」 「白粉か?化粧はせぬが」 「じゃあキノコか葉っぱかな」 「狸や狐は持っておると思うぞ、欲しければいただいて参ろうか?」  やっぱりキノコか葉っぱだったのか。狸や狐と言うのは売人の事に違いない。  なぁ清涼と、紅葉は座席の上で清涼の肩を抱き寄せる。 「やっと分かった、お前が何の助けを求めていたのか。気付くのが遅くなってごめんね、言えないよな」 「我は千年前に失った肉体を探す助けを求めておると最初から申しておる」 「薬中になる前の健康な肉体な。残念だけど薬物で萎縮した脳は戻らないんだ、お前もう末期だよ」  紅葉には清涼の人生に何があったのか分からない。けれどきっと酷い思いをして来たのだろう。  大丈夫だよと、紅葉は清涼の髪を撫でて優しく寄り添ってやる。 「務所には俺が面会に行ってやるし、出所後は和尚に頼んで寺で面倒みてやるから安心して。最後の京都旅行、一緒に楽しもうな」  大丈夫、大丈夫だよ。  何度も繰り返して頭を撫でているうちに、清涼はこてんと紅葉の肩にもたれかかって来た。 「君が優しいと……」  言いかけて途中でやめた清涼の唇が小刻みに震えていて、込み上げる気持ちをどう言葉にしようかと戸惑っている気配がする。瞳も潤んでいて、娑婆に別れを告げる旅行とは別の意味で見つめられてる気がして来た。 「言わなくていいよ、無理に聞きたくは無いから」 「紅葉っ」  感極まった清涼が抱きついて来た所で、高速を走る車はインターに辿り着いてぐんと速度を落とした。 「あぁそうなの、紅葉も物好きって言うか、人として越えてはならない壁を越えたな。獣姦になるのかな、待てよギリシャ神話も日本書記も神や妖怪とやってるな。なんだ珍しい組み合わせと思ったらそうでも無かったや。そんなの事よりあーつまんね、あーつまんね」  バックミラーで後ろを見ながら賢道がぶつぶつ呟いた。  予約しておいたビジネスホテルにチェックインしてから京都の道を歩き出せば、涼しい山奥住まいの紅葉達からすると、蒸し暑い。夏も終わると言うのに、車の排気ガスと照りつける日差しがまるで違う。 「胸が悪くなって来た、どっか店入ろうぜ」  ものの五分も歩かないうちに根を上げたのは賢道で、ひよこみたいな金髪頭に汗が滲んでいる。紅葉はグルメマップ片手にきょろきょろ辺りを見回して、もう一本裏に入った通りに賢道を引っ張るのだけれど、賢道はもう動く気が無いようで縁石に座り込んでしまった。デカイ二人がじゃれていると通行人の邪魔になる上に、男か女か微妙なすこぶる美人付きとなるとかなり目立って、すれ違う人達が振り返って行く。  それにしても人、人、人、人。小さな店が連なる通りは人で溢れていて、怖気付いた清涼がソワソワと紅葉の背中に回りたがる。 「かき氷売ってる。紅葉買って来て」  バテたふりの賢道に言われて、仕方ないなと紅葉が通りに向けた窓口からテイクアウトのかき氷を買って二人に渡すと、清涼は不思議そうに首を傾げた。 「我は人の食べ物は」 「いいから」  先にバクバク食べていた賢道が頭を押さえて苦悶の表情になり、それを見た紅葉がざまーみろとケタケタ笑っている。清涼はどんな怖い物かと恐る恐る口に入れてみた。  かき氷を一口含んだ清涼がびっくりしたように目を見開いて、すぐにパッと表情を輝かせる。その変化を見た紅葉も、美味しい?と尋ねながら自然と笑ってしまう。 「甘くて冷たい」 「気に入ったなら良かった。歩道に出ると他の人の迷惑になるからこっちで食べて」  紅葉は清涼の背中に手を当てて人通りから庇いながら、店の軒下に入れてやった。自分たちはさっきから目立っていて、かき氷で満面の笑顔になってる清涼なんか特にだ。 「紅葉、優しい。やはり我は特別か」 「勘違いだ。俺は周りに気を使ってる」 「やっぱかき氷は長瀞じゃね?キーン来ないもん、キーン」  そんな事を言っていた賢道がそろそろ行こうかと立ち上がった所に、ちょうど後ろから来た人が突っ込んで来てぶつかった。 「あ、すみません」  ぶつかって来たのは半袖シャツにネクタイ姿のサラリーマン風の青年だった。余りにも小柄な彼は大柄な賢道に吹っ飛ばされて転びそうになっている。 「勘がいいですね、急に立つから目測を誤りました」 「目測?」  彼の猫みたいな大きい瞳がキラリと輝いて、紅葉は彼の右手がポケットから何かを掴み出すのを見た。その視線を辿った先には清涼が居て、小柄な青年が一歩を踏み出すと同時に、紅葉はとっさに清涼の手首を引き寄せて背中に隠す。 「あんた何する気?」 「おっと、早いな。察しのいい金髪と動きのいいヅラがガッチリガードしてるのか」  ヅラと言われて紅葉は思わず自分の頭を押さえた。ツルツル坊主に今風ミディアムウィッグを着けているのだけれど、もしかしてズレたのだろうか。  よし、ズレて無い。 「何の事だよ、いきなり何なんだ」  もう諦めたと広げられた右手には短剣の形に削られた水晶が握られていてギョッとした。それで人は殺せないだろうけど、もしも目にでも刺さったらえらい事だ。 「何考えてんだ、通り魔なら警察呼ぶぞ」 「いえいえ、勘弁して下さい。こちらは貴方を救おうと先手を打とうとしただけです。申し遅れました、こういう者です」  こういう者ですと差し出されたのは名刺で、Exorcism と有る。その下には市川 晃と名前が書いてあって、それにしてもExorcism。 「また胡散臭い奴が……」  そう唸らずにはいられない。 「あんたさ、京都で横文字使うなよ」 「霊媒師って年寄りくさくありません?」  年寄りくさいんじゃ無くて胡散臭い。  市川 晃は胡散臭い名刺を賢道にも渡して、財布に名刺を持ち合わせていた賢道と名刺交換が始まっている。賢道がついでに紅葉の紹介もしてくれた。 「それで霊媒師が何の用?いきなり石で刺されそうになったの怒ってるんですけど」 「そのようですね、失礼しました。賢道さんが術者なのは見て分かりましたんで、てっきり紅葉さんもかと」 「あぁ、そういうこと信じないんで。それより出会い頭に人を刺す理由になって無いから」 「怖いなぁ、本気で怒ってらっしゃる。お二人共化け狐の正体を知ってるものと。分かっていて憑かれて祓えないなら祓って差し上げようとしたんですよ」  狐、狐、狐。和尚といい清涼といい、更には賢道まで清涼を狐と言うのに加えて、今度は初対面の自称霊媒師もだ。今は狐が流行りなのだろうか。 「信じないなら構いませんけど、どうして昔から丑の刻参りが稲荷神社なのか、お寺さんなら当然知ってますよね?狐が代償に求める物は命。さっきから見ていると狐の目が追うのは貴方の方で、憑かれてるのは貴方です。死にますよ」  白蛇に狛犬にと神社も色々有るけれど、神に願いを叶えて貰う為には代償を払わないといけない。中でも力の強い稲荷が取りに来る代償はより大きな物、つまり命。命に代えても呪い殺したい相手が居るなら稲荷神社にと、そういうことだ。 「それが他人に危害を加える理由になると思うなら、病院に行ってくれ。とにかく二度と手を出すな」  怒りも露わに睨みつけた紅葉に、晃はひゅうっと驚いたように口笛を吹いた。 「驚いた、坊主のくせに本当にただの人だ。妖狐なんか憑けてよく生きてますね」  これ以上話しても時間の無駄でイライラするだけだと、紅葉は清涼を連れて晃に背を向けた。  世の中分かり合えない人は居る物で、除霊なんかを生業にしている人とは分かり合えない。誰にも見えない、数値にも出ない物をどうして祓ったと言ってお金を貰えるのだろうか。  それを言ってしまうと育ててくれた和尚をも否定する事になるので、紅葉には難しい。本当は居るのかも知れない。でも自分には見えないから信じられない。  けれど狐。清涼と出会ってから周り中の人が清涼の事を狐と言う。

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