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第13話

 好きだ何だと押しまくっていたくせに、もう別の相手がいいと名残惜しそうに地蔵を見送る清涼が面白く無い。 「さて、晩飯の用意だ。清涼、手伝って」 「はぅ……胸が苦しくて食欲が無いから嫌」  クッソ面白く無い。  紅葉は一人で台所に向かいながら、そういえば晃に苦手な物があるか聞いておいた方がいいと思った。せっかく作っても食べて貰えなかったら悲しい。  どこに行っだろうと名前を呼びながら庫裏の廊下を歩くと、手伝わないはずの清涼がため息を吐きながら着いて来るから腹が立つ。 「紅葉は晃、晃と……忌々し。あの方はまた来てくれるのだろうか」 「は?飯たかりに来るだけだろ、来なくていい。晃さぁーん」  見つからないので諦めた紅葉が台所で夕食の準備を始めると、晃がやって来た。 「いい匂い。紅葉くんは料理も上手なんですね」  隣に立って鍋を覗き込んで来る。小柄な人だから紅葉の視線だと頭のてっぺんが見えたりする。 「あ、お帰りなさい。どこ行ってたんですか」 「近所を散歩してました。山の中に朽ちたお堂がありましたね」 「あぁ、あんな所まで行ったんですか。あれは釈迦堂です。昔は管理していた僧侶が居たんですけど、今はもう近所の人がお花祭りやってるくらいですかね」  小学生の頃、無人の釈迦堂を賢道と秘密基地にして遊んだ覚えがある。既に廃墟になって久しい堂は、お化け屋敷ごっこをするには雰囲気抜群だった。  晩御飯の準備を手伝いますと、晃が有り合わせの物でサラダのドレッシングを作り始めた。その手際が良くて紅葉は思わず手元を覗き込む。 「紅葉、紅葉」  他人が料理をする所はどうしてこう魅力的なんだろう。 「何だよ、今いそがしいの」 「我は塩揉みがよい」 「よし分かった、まず海水から塩を作って来い」 「ひどい……」  今更ヤキモチを妬いても遅い。浮浪者の方がいいと言われたら、こっちだって意地だ。  晃と並んで調理台に向かう紅葉に、もう良いと清涼がポツリと呟いた。 「どうあっても君は我を見てはくれぬ。ならば最初から妖怪と敵意を向ける晃の方がまだ分かりやすい。君は気紛れに優しくて、気紛れに冷たい」  急に落ち込んだ声音でそんな事を言われて、意地悪が過ぎたかも知れない。だけど自分のわがままなを棚に上げて求められてばかりじゃ、紅葉だって疲れる。 「もうよい……」  一言残して背中を向けた清涼は、がっかりと肩を落としたまま台所を出て行く。その細い後ろ姿を吸い込んでパタンとドアが閉じられた。 「いいんですか?あれ」 「腹が減れば戻って来るでしょう、清涼だって大人……を通り越して人類最長の長生きなんだから、年の功で反省の一つくらい出来る」 「とっくに死んでますけどね」  それにしても大人気なかったのは自分の方だったなと、ちょっとだけ思った。  あんな態度を取らせた感情が自分の中のどこから来ているのがわからない程子供じゃ無いけど、折れてやれる程寛大でも無い。浮浪者のおっさんの方がいいとか気に入らない、誰かと比べる意識が気に入らない、好きだと言うからその気になってきたのに、まだ選択肢が有ると思ってるのが気に入らない。 「躾も必要ですよ、ピーピーうるさい畜生は徹底的にぶちのめさないとつけ上がりますんで」 「は?」  ……優しげな笑顔でとんでも無い事を言う人だ。  それにしても清涼はどこに行ったのだろう、その晩は夕ご飯の時間になっても寝る時間になっても帰って来なかった。  チチチチチ……朝の訪れと共に目覚めた紅葉は、自室の壁に畳まれたまま押し付けられた一組の布団を見てため息を吐いた。帰って来なければ心配するのは分かっているだろうに、清涼は戻って来なかったみたいだ。もしかして世間はこれを家出と言うのかも知れない。  家出される理由に心当たりのありまくる紅葉が後ろめたさと葛藤している頃に、大きなポテチの袋を二つ抱えた賢道がやって来た。 「はいお土産。清ちゃんの時代にはポテチ無かったから、たらふく食わせてやろうと思って。清ちゃんいる?」 「ありがとう。清涼は今ちょっと家出してて留守なんだ」  実はと経緯を話すと、賢道にバカだなぁと心底呆れた目を向けられた。 「それはその場ですぐ追いかけて熱い告白をする所だったんだよ」 「別に好きじゃ無いし、告白とかそんな熱い事出来る年でも無いし」 「そんなお前が人間の彼女を諦めて妖怪の雄に走ったのは正しい選択だと思う。応援するから探しに行こう」 「なぁ、物凄く引っかかる言い方だったんだけど気のせいかな」  探してやらないと清涼も戻り辛いだろうと、二人は手分けをして探す事にした。 「じゃあ俺、清涼拾った田んぼ行ってみるわ」 「わかった。じゃあ俺は山の方行ってみるよ。何かあったら携帯に連絡して」  という事で紅葉は田畑が広がる民家に近い付近を探してみたのだけれど、だだっ広い田園風景に清涼の姿は無かった。あぜ道の石も草の影でだんまりを決め込んで、ただの石ころになっている。 「うーん、賢道に合流するか」  山の中の方が探す場所が多そうなので電話をして落ち合う場所を決めると、賢道はアスファルトの最終地点に居た。 「清涼居た?」  赤いティーシャツにチノパン姿の金髪ヒヨコ頭の後ろに、奥深い緑が人の進入を防ぐように複雑に枝を広げている。アスファルトの最終地点からは獣道が出来ていて、ここから先は野生動物の陣地だ。 「いないねぇ。紅葉、昔この先にお化け屋敷あったの覚えてる?」 「釈迦堂な。晃さんが昨日見て来たらしいけど、朽ち果ててたみたいだよ」 「だろうな、俺らが遊んでた頃も相当だったし。山の中で一晩って考えると、清ちゃんだからお化け屋敷選ぶと思うけどなぁ」 「あぁ、そりゃそうだ。お化けはあいつの仲間だった」  という訳で二人で獣道に分け入る事にした。進入を防ぐ枝を腕で押しのけて一歩踏み込むと、風が止んで音が消えた。代わりに濃い緑の気配が周り中に立ち込めて、降り注ぐようなマイナスイオンで肺がいっぱいになる。足元の草は日の光が届く所は膝よりも上まで伸びて蔦が絡まり、逆に日差しの弱い所は腐った枯葉が積み重なって湿った腐葉土が出来ていた。 「どう行ったんだっけ?逆から登れば道があったけど」  パキン……賢道が一歩進む度に枯れた枝が鳴る。 「なんか目印付けとけよ、帰れなくなるぞ。清涼、清涼ぉーっ!」  行くのが面倒になったので大声で名前を呼んでみた。 「清涼ぉーっ!出て来いよ、帰るぞーっ!」  遠くでバサバサと鳥の飛び立つ羽音がして、何かの動物が逃げて行く。 「清涼、せい……」 「おい」  何度も清涼の名前を呼ぶ紅葉を、隣に立つ賢道が制した。 「何か来る」 「え?」  賢道が珍しく真剣な表情で前方を睨んでいて、息を詰めた紅葉がその視線の先を目で追うと、広がる木々の間に動いている黒い何かが見えた。まさかと瞬きを繰り返している間にもその黒い何かは木々の間をこちらに向かって進んで来ている。 「賢道、なんだよ、あれ」 「分からない」  いつもペラペラよく喋るくせにこんな時だけ一言しか答えないとかやめて欲しい。走っているのか、影がこちらに向かって来るスピードが増した。ザザッ……ザザザザザザ……身体に枝が当たるのも構わずに向かって来るスピードが早い。 「賢道っ」  見てはいけない。山の中には得体の知れない何かが潜んでいて、そこは人の力の及ばない世界。人間が来る場所じゃ無い。  ザザザザザザ……。 「ひっ……」  もう目前まで迫った黒い影の姿が見えた時、紅葉は上げ掛けた悲鳴を飲み込んだ。  ザザザザザザザザザザザザザザザ……。

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