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第16話

「清涼っ!どこにいる!起きろっ!」  探せと言われてもどこに居るのか分からない。庭に井戸があったから蓋を外して中に向かって叫んでみたけど、声が反響して返ってきただけだった。  まだ寝てるのだろうか、こんな時になんて奴なんだろう。いつもうるさいくらいにまとわりついて来るくせに、大事な時に世話かけさせやがって。  井戸の蓋を戻してから家の中に探しに入れば、草履が腐った畳に沈んで床が抜けた。 「清涼!」  そうしている間にも庭で火の気が上がる音がする。  本当にヤバイかも知れないと、紅葉は立ちすくんだ。火の勢いが強くて、はやく見つけ出さないと地蔵だろうが清涼だろうが、そして紅葉だろうが構わずにみんなまとめて焼き殺される。なんてこったい、頼りになる陰陽師が頼りになり過ぎて最早強敵。 「清涼!」  早く早くと部屋の壁際にあったタンスの引き出しを開けてみた。引っ張り出した拍子に取っ手がポロリともげて、さすがに清涼はタンスの引き出しサイズじゃないらしい。  全ての部屋の押し入れから納戸から全部見たけど居ない。廊下を通った時には床が抜けて、膝まで踏み込んだ。そのついでに床下も覗いてみたけど居ない。  寝てると言ってたけど、寝るならちゃんと布団で……。  そう考えた時、はっとした。  そう。布団で寝るのは人間で、狐は巣穴で寝るのだ。穴だ穴。 「堀ごたつかーっ!」  叫んで居間に取って返し、腐った布団がかかったままになっているこたつの中を覗き込んむと、白い寝顔の清涼が丸くなって眠っていた。 「……アホだ……」  紅葉の全身からへなへなと力が抜ける。  こんなに呼んで探して、こたつの前なんか何回も通ったのに。 「清涼、起きろ清涼」  力尽きている場合じゃない。気を取直して清涼の肩を揺すると、くっきり二重の大きな釣り目が眠そうにぼんやり開いた。 「紅葉?」 「お前、何やってんの?出て来いよ」  なのに清涼はいじけた顔で首を横に振るのだ。 「行かん。晃がおるうちは我は戻らん」 「そんな場合じゃないんだよ。早く来い」 「戻らんっ」  ぷいっと顔をそむける清涼の襟首を掴んで引きずり出したくなる。全くこいつは……。  その時すうっと冷たい物が紅葉の法衣襟から首筋に降りて来て、ひやりと背筋が震えた。 「狐様。この者も一緒に行きましょう。そうしたら狐様はずっと一緒だよ」  ずっしりとした重みが背中にかかって、まるで石を背負うようにどんどん重くなる。  こいつは、もしかして……もしかしなくても悲嘆地蔵。 「寂しいでしょう、狐様。人は勝手な生き物だから、どんなに尽くしても簡単に裏切り忘れる。すぐにころりと気が変わる」  ずしんと背中にかかる重みが増して、なんだこの野郎と首だけで振り返ると、ポッキリと首の無い胴体だけのお地蔵さんが背中におぶさっていた。  まずい。  ここに二つ妖怪の気配が重なった。 「清涼、行け。怖い坊さん達が探してるから、お前だけでも逃げろ」 「いいえ、狐様一緒に行きましょう。三人なら寂しくは無いから」  どこに行くと言うのか、どこに逃げたって炎からは逃げられない。 「清涼、逃げろっ、早く!」  どこに逃げろと言うのか、周り中を囲まれている。 「嫌じゃ」  この上清涼が首を振った。背中に地蔵の重みさえ無かったらひっぱたいていた所だ、とっさに手が出なくてセーフ。 「我は紅葉と二人がいい、地蔵は要らん。三人ではまた同じ。晃を殺めると怒られようが、地蔵は怒られまい。お主、邪魔立てするなら消すぞ」  ………。  これは……。  背中の首の無い地蔵になんて言ってあげればいいだろう。妖怪仲間に真っ先に裏切られている。それこそイレギュラーで、そういえば妖狐は気紛れで人の言う事なんか聞かない、我が道を突き進む恐ろしく空気の読めない性格を……。  これでは地蔵の立場が……。  紅葉が恐る恐る背中の気配を探っても首が無いからどんな表情をしているのかまるで分からない。むしろ首が無ければ表情も無いだろう。  可哀想に。  人間に忘れられ、妖狐にまでアッサリ裏切られた。なんて可哀想な奴なんだろう。人を見る目が無さ過ぎる。 「あ、えーと……元気出して。相手が悪かったし、誰でもいいっていうのが悪いんだと思うよ。寂しさを埋めたいから誰でもいいのって女はさ、すぐやれるからそのままポイじゃん。手軽いって言うか……」  しまった。いい慰めの言葉が出ない。 「寂しくても自力で立つ姿に惚れるのが男ってもんじゃん?俺が支えてやろうみたいな……えーとつまり、道端に突っ立って拝んで貰うの待ってるより、拝まれに行けばいいさ」  いや違う。  そもそも地蔵は道端に立ってるのが仕事で、歩き出したからこうなったわけで。 「そう、首だ首!まず首くっ付けよう。その辺で漬け物石になってるはずだから!」 「……私の首が、漬け物石に」  ヤバイ。今、背中に寒気が走った。地蔵が怒ってるのが分かる。慰めの言葉を言えば言うほど墓穴を掘ってる。 「とにかく清涼は逃げろ」 「嫌。君が行かぬなら我も行かぬ」 「ゴメンね。清涼が晃さんにヤキモチやいたのと同じで、俺も地蔵にやいたんだよ。意地張ってごめん。だから、頼むから清涼は逃げてくれ」 「我が君」  優しい言葉をかけたら感極まった清涼が堀ごたつの中から這い出して、抱きついて来た。 「ぐえっ」  前からも後ろからも押し潰されて、紅葉は蛙のような悲鳴を上げる。 「とにかく逃げろ、すぐ顕道の兄さん達が来る。地蔵とお前の区別が付かないから、まとめてやられる」 「じゃあ地蔵は置いて、君と手を取り逃げようぞ」  清涼がポイっと背中の地蔵を押しこくると、あっという間に背中が軽くなった。清涼にはモノノケに身を落とした地蔵など敵にもならないらしい。それもまた不憫。 「お地蔵さん」  紅葉は地蔵を振り返った。 「首、探そう。そして一緒に帰ろう」 「一緒に?」 「俺が寺に連れて帰ってやるよ。それでいいだろ、だから逃げるぞ」  地蔵の撫で肩が揺れて、無い首が横に振られた気配がした。地蔵は逃げたく無いらしい。 「人に望む物など、もう有りはしない」 「うるせぇバカヤロ。どいつもこいつも嫌ばっかりで一度で言う事を聞く奴がいねーじゃねぇか、ムカつくなっ。お前首が無いんだから喋るな、石に徹しろ」  地蔵を荷物のように横に抱えて台所に連れて行くと、そこにはボロボロになった木製の大きな樽が幾つか有って、どれも中身は空だった。もちろん漬け物石も無い。頼道が言うのだから、地蔵の首はこの辺に転がっているはずなんだけど……。 「あった!」  それは釜戸の隅に、灰にまみれてコロンとあった。 「地蔵、お前の首があったぞ」 「……汚い……」 「バカ言うな。西洋には灰かぶり姫って話があって、灰にまみれた奴は大出世するって言われてんだ。向こうの国の親なんかこぞって子供を灰に突っ込むぞ」  適当過ぎる話に地蔵が胡散臭そうな目を向けて来る。  その時勝手口の向こうからゴウッと凄い風が吹いて、朽ちた戸の向こう側が一気に炎に包まれた。

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