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【番外編】卒業旅行→sideY
東流は俺を挑戦的な表情で見返し、軽く屈伸をしはじめる。そんな風な目をして煽られたら乗らないわけにはいかないな。
いつもは見られない準備運動に、軽くそそられながらも、俺も屈伸をする。
「あれッ、ヤッちゃんたち泳ぐのか?」
「シロは泳がないのか?トールとは、あっちの島まで競争するつもりだ」
「俺は、カナヅチだしィー。たけおに、ボート牽いて遊んでもらおっかなァ」
士龍は手渡したボートを水に浮かばせる虎王の方に歩いていく。
色が白いので砂浜に肌が映えるし、かなり鍛えたのか東流に負けない筋肉をもっている。
アイツも狙われるタイプだったし、苦労したんだろうな。
じーっと見つめていると、東流は俺の肩をとんとんとたたく。
「もう、準備運動いいのかョ?ちゃんとしとかねーと、島までああ見えるけど結構あるからさあ」
真っ青な空はくもりひとつない。
いま、2時半だし往復して4時に戻れるかな。
「分かってるって、ちゃんとしたから大丈夫!」
腕を伸ばして振り回すが、受験勉強で動いてないぶん大分鈍った気もする。
そもそも、鈍ってなきゃ、あんな目にもあわなかったし。
嫌なことを思い出しそうになるので、思考をリセットする。
「トールはずいぶんヤル気だな」
「泳ぐのは好きだぞ。こんな綺麗な海だしヤスと一緒、だしな。じゃ、先にいくぜ」
波の打ち寄せる海の中にずんずんと歩いていく。
背中が大きくて、思わず駆け寄って抱きしめたくなる。
目の前にいるのに、簡単に抱けないもどかしさが、色々募らせていく。
俺はその背中を追って砂浜から湿っぽい波打ち際へと駆け出して、水の中に足を突っ込んで走り出す。
置いていかれたくなくて、何度もその背中を追いかけた。
「急いで、こけんなよ?」
快活に笑いながら振り返り、東流は、俺に手を差し伸べる。
「一緒に泳ぐぞ」
優しい口調で、俺の腕をつかむと深くなり肩までつかりながら、足で水をかいてゆっくりと立ち泳ぎをはじめる。
「も、大丈夫」
俺も立ち泳ぎから、体を斜めに倒して腕を離す。
美しいフォームで、しなやかな身体を水面に滑り込ませて、ゆっくりと水をかいて島に向かって泳ぎ始める。
まるで、鯱のような豪快なフォーム。
俺はうっとりと見惚れながら、その姿を追いかける。
いつだって、それが欲しくて追いかけていた。
水をかくように、少しでも近づきたいと願っていた。もっと早く身体を動かして、近づきたい。
もっとはやく、近づかなきゃ!
綺麗な都会にはない、澄んだ水が体に絡まるように重くまとわりつく。
なんか、おかしい。
足がうごかない。
おかしい。
どんなに、動かそうともがいても、絡み付いたような水が俺をとりこもうとする。
東流の影が遠くなる。
みみが、おかしい。みずが、からだの、なかに、はいってくる。
これは、なんだ。
おれは、おぼれ、てるのか?
意識が混濁しながら、俺は、やっと、自分の状況に気づいた。
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