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今しかないから →sideY

「あのさ、トールは進学するのか」 日ごろの様子を見ても、進学するとは到底思えなかったが、折角進学校にきたのだからそっちもあるかもしれないと、念のために聞いてみた。 もう3年になったというのに、相変わらず喧嘩三昧の日常で、やればできるのに勉強になど手をつけている様子はない。 「アァー?なーんか、オヤジのダチんとこで働くことにした。運送業者。アレ、言ってねかったか?」 屋上の金網に寄りかかって空を見上げ、灰色に脱色にしたバサバサの髪を風に靡かせながら答えを返す東流には、全く他意はない。 俺は勿論進学するつもりである。 働くようになったら、生活の時間もなにもかもが、学生とは違ってしまう。 「聞いてない」 「悪ィ。まあ、卒業したらの話だしな。ヤスは大学いくんだろ、学校のトップだしな」 「……そのつもりだけどさ……」 高校も、俺は東流にあわせてかなりランクを落とした。 それくらい東流と一緒にいたいと思っている。 オトナになったらずっと一緒にいられるようになる、なんて……ガキの時の思い込みだってのは分かっている。 今……、でも今どうにかしないと、東流はどんどん俺から離れていってしまうだろう。 「ンだよ、何て顔してンだ、ヤス。」 くしゃっと大きな掌が俺の頭を捕らえて髪をかき乱す。 目の前に映るのは鋭くとがった目が、光を緩めて俺にだけ見せてくれる笑顔。 これを全部俺のものにしてしまいたい。 他のやつらには見せたくない。 なんて醜い独占欲だろう。 「じゃあ、誕生日きたら免許とりにいくんだな。俺はもう取りにいっちゃったけど」 東流の隣に座って俺も金網に寄りかかる。 東流のオヤジさんはヤクザなので、その関係というから危ない仕事を予想していたが、思ったよりも普通の会社のようだ。 「えぇええ!オマエ、いつの間に抜け駆けしてンだよ」 ちょっとふくれっつらで俺を見返す様子が、とっても可愛い。 これがここら辺で鬼だの悪魔だの言われている不良の素顔で、俺に見せてくれているのが嬉しくて仕方がない。 「俺のが誕生日はええのは仕方ねえでしょ。トールの誕生日まで待てなかったしな、丁度受験シーズンだし」 「そらそうだなァ。ちィ、オマエだけ車乗れるとか、ちょー羨ましいンだけど」 悔しそうに心底言っている顔も何もかも、本当に閉じ込めてしまいたい。 それくらい、俺は切羽詰っている。 「助手席乗せてやるから、我慢しろ」 親が誕生日祝いにと、軽自動車をプレゼントしてくれた。 本当に俺の親は、俺に甘いと思う。 「じゃあよ、夏休みにさ…………海、連れてけ」 命令しなれた様子で俺の顔を覗き込む様子に俺は笑い返した。 「いいぞ」 「セージ誘おうか?」 無粋にも東流はもう1人の親友の名前を口にする。 「……誠士は夏大会の試合じゃないか?」 「そうか、じゃあ二人でいくか」 嬉しそうに笑って腰をあげ、東流ががっしりとした体を伸ばすのを見上げて俺は、もう一度今しかないと心で繰り返した。

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