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第4話

※※※※※※ 今年も綺麗に赤く染まったと、日野庄一は煙草を吹かし、部屋の目の前の庭のモミジを見ていた。ふぅ、と鼻から紫煙を吐き出しながら、庄一は昨日のことを思い出していた。  裏山の出来事は、現実であったのだろうか。 ―――狐の恩返し。 狐を助けた数日後から、山小屋に大量の食物が置かれており、それを置いた少年と思しき者は狐にそっくりな獣耳と尻尾を持っていた。よくある民話だ。狐が人間に化けられると仮定すれば、すべての出来事が綺麗に成立した。 「それとも俺は、頭が可笑しくなったのか…?」 ぽつりと呟き、頭を掻いた。その瞬間、襖越しに名前を呼ばれ、庄一は体を震わせた。 「は、はい?なんですか、母さん」 「お隣の所に行ってきますね。もう暗くなるのが早いんですから、あまり長く山に入り浸らないで下さいね。たまには、藤乃さんとお食事にでも町に行きなさいな」 「…分かりました」 『藤乃』とは、この前見合いをした女性のことだ。「木の名前が付いているなんて、植物好きの庄一と縁がありそうですな」等と見合いをセッティングした仲人の叔父が言っていた。  冗談じゃない。むしろ、美しい植物の名前が人に付けられるなど、腹立たしい。まるで、植物が人間に汚されるようで、嫌だ。人間関係は煩わしい。どんよりとした気持ちが心の中を占めていく。  折角美しい木々を見て心癒やされているのを、水を差されてしまった。こうなったらもう、『自分だけの世界』に行くしか、自分を落ち着かせる方法がないことを庄一は分かっていた。

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