12 / 20
第12話
次の日、スイに会いたいと思いながら庄一は、裏山には行かなかった。スイに会わせる顔がないと思ったからだ。
昨日のアレは、藤乃への苛立ちと多忙による疲労でなったのだと、庄一は結論づけた。
少し冷静になってからスイと会おう。そうすれば、この馬鹿げた妄想も綺麗に消えていると庄一は思った。
次の週の休日。今度こそ、スイに会いへ裏山に入った。
スイがいるのか不安だったが、山小屋にはスイが待っていた。尻尾を嬉しそうに振りながら、スイは庄一の傍に駆け寄ってきた。
「しょういち!この前、しょういちの匂いがここに付いてたから、来ると思ったんだ」
「そうか…久しぶりだな」
スイが自分を待っていたのだと思うと、庄一の心は酷く高鳴った。溢れるほどの嬉しさを感じて、無意識にスイの頭を撫でていた。心地よさそうにスイが目を細める。一瞬、妄想の中のスイを思い出して、ごくりと庄一は生唾を飲み込んだ。
「あ、と…実は、俺、結婚をしたんだ。それに仕事も就いて、結構忙しくて、それでここに来れなかったんだが…。けど、これからまた山に入れそうだから、色々と山のことを教えてくれないか?」
居たたまれない気持ちを誤魔化すように、饒舌に庄一は話した。
「けっこん…?そうなんだ。ボクもね、結婚するんだよ」
スイの言葉に、庄一は固まった。
「なん…だって…?」
「ボクも結婚するの。九尾さまが、そろそろ頃合いだろうって。あっちの山のメスと結婚することになったんだ」
向かいの山がある方を、スイが指さす。
「それでね、ボクはあっちの山に行くんだ。あっちにはもうオスがいないんだって。だからね、しょういちに『さよなら』を言いに来たんだ」
スイが何を言っているのか、分からない。ぐるぐるとスイの言った言葉がすり抜けていく。
何も言わない庄一に、スイが心配そうに顔を覗きこんでくる。
「……もう…一緒にこの山を歩けないのか?」
震える声音で声を紡ぐ。庄一の反応に、スイも心が痛いのか、先程まで立っていた耳と尻尾が垂れ下がる。
「…うん…。ごめんね…」
謝罪の言葉に、ようやくスイの言っている言葉を庄一は理解した。
ともだちにシェアしよう!