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第6話【日常という名のいま③】
車のエアコンはいれたばかりで車内は暑くてたまらなかった。
お袋は携帯で誰かに電話していたようだけどすぐに乗り込んできて「出して」と言ってくる。
「どこに行けばいいんだよ」
「いま設定するわ」
カーナビで行き先を指定しだすお袋。
行ったことがない場所なのか。
【――総合病院】
文字入力されていくのを見ながら眉を寄せる。
病院?
誰か入院したのか?
さっきの見知らぬおばさんからの電話を思い出す。
おねえさん、と言っていた。
泣いていた"おねえさん"というおばさんはお袋になにを伝えたんだろう。
「出して」
カーナビがルート案内を開始したのを確認して車を発進させた。
「……病院ってなんだよ」
落ちつかない気分に横目にお袋を見ながら声をかける。
だけどお袋は無言だった。
「俺も一緒ってことは俺にも関係あることなんだろ? すげぇ気になるんだけど」
あの電話のおばさんは俺の名前を知っていた。
そう言えばお袋が帰ってきて途切れたけど、俺になにか言いかけていた。
気にするなと言われたってあんな電話を受けて気にならないはずがない。
お袋、ともう一度呼びかける。
だけどやっぱり無言。
思わず舌打ちすると、
「……よ」
なにか言ってきた。
「え?」
「あなたのお父さんが事故で病院に運ばれたって」
重苦しく告げられた言葉に呆然とお袋を見つめる。
「陽、前見て危ないから」
「っ、親父が事故って」
ハンドルを持つ手が震えた。
親父が事故にあったのか? 俺は昼まで寝てたから朝会っていない。
昨日の夜は俺がバイトで帰ってきたころに風呂上がりで、遅い夕食を一緒に食った。
いつも通りだったのに。
「パパじゃないわよ」
「―――は?」
「あなたのお父さんよ」
「なに? だから親父だ……」
あなたの、というところを強調するお袋にどういう意味だよ、とちょうど信号が赤になり車を停止させて顔を向け、言葉は途切れた。
俺の父親?
「陽の……本当のお父さんよ」
俺がまだ1歳のときにお袋は俺の"父親"と離婚したらしい。
詳細は知らないし、物心ついたときには親父がいて、俺にとっての父親は親父以外いなかった。
だから―――本当の、血の繋がりのある父親なんて興味がなかった。
「詳しいことはわからないけどお昼ごろ事故にあって病院に運ばれたそうよ。……危ないんだって」
危ないってことは……。
イコールで電話の泣き声がよみがえる。
「陽は……血の繋がった息子だから……来させてくれって」
お義母さんが、と言ってお袋は口をつぐんだ。
俺はなんて返事していいかわからずに同じく口をつぐむ。
正直よくわからなかった。
親父じゃなかったということに安堵した。
俺の実の父親というひとが事故に合い―――おそらく死線を彷徨ってるんだろう。
そう言われてもピンとこない。
俺は父親の顔も名前も知らないからだ。
俺にとっていまの家族が"家族"だったから、薄情といわれようがお袋の元の旦那がどんなひとなのか知りたいとは思わなかった。
いや―――覚えていないだけでもしかしたら小さい頃お袋に尋ねたことがあるかもしれないけど記憶にはない。
写真だって離婚した相手のうつってる写真なんて残っていない―――それも俺が見たことがないだけでどこかに保管されているのかもしれないけれど。
俺の家にあるアルバムには俺の二歳くらいからの写真と、そして三歳くらいから親父とお袋で三人で写った写真がたくさんあって。
それから弟が生まれてから家族四人の写真。
それが全部だ。
俺に血の繋がった父親がいるというのは事実だけど、でもその存在は希薄で。
事故にあったという事実を知ってもまるで他人事で、気の毒にとしか思えなかった。
「……俺……行ってどうすればいいんだよ……」
困惑しか沸いてこなくて弱々しく呟いたけどお袋は黙ったままだった。
***
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