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灰色の糸第1話
「……陽。先に帰ってなさい。パパが迎えに来てるから」
お袋がそう言ってきたのは夜10時を過ぎたころだった。
場所はとうに病院を去り、"父親"の実家へときていた。
"父親"は即死じゃなくて搬送先の病院で死亡だったから司法解剖の必要はなくて通夜も葬儀も通常の日程で執り行われるらしい。
病院で葬儀屋とお袋が話しているのを聞くともなしに聞いていた。
突然の―――まだ38歳っていう若さでの事故死に"父親"の家族は涙に暮れるしかできなくてお袋が青ざめながら動き回っていた。
「……いいの。いなくて」
"父親"は死化粧をほどこされ安置されている。
そばでは泣き崩れたままの悲愴感にあふれた"父親"の親族。
そこに眠るひとの"息子"である俺が帰っていいのだろうか。
そう思いながらも、同時にこの場で俺が浮いた存在だっていうのも事実だ。
ここにいる"親族"と俺は同じように憤ることも悲しむこともなにもできないんだから。
お袋はちらりと俺の祖母にあたるひとを見てから俺に向き直り、小さく頷いた。
「……今日は一旦帰りなさい。私はもう少し残るわ。明日明後日は陽も泊まりになるかもしれないわ」
「……わかった」
「……喪主は陽になると思うから」
眉根を寄せて話すお袋は一気にやつれた表情をしていた。
「……わかった」
お袋は伯母の夫というひとに声をかけ、俺を先に帰すということを伝えていた。
本当に帰っていいのだろうか、と迷いながらも挨拶をして家を出た。
外はすっかり暗い。
ため息を吐きだしながら家の前に停めてあった車の助手席に乗り込んだ。
車内には煙草のけむりが充満している。
馴染みある親父の煙草の匂いにほっとしながら、
「お袋に怒られるぜ」
と言えば、そうだな、と苦笑いを浮かべながら親父は窓を全開にさせると煙草を消した。
熱気をはらんだ風が煙草の煙と入れ替わりにエアコンのきいた車内に入ってるくる。
むわっとした風があっという間に身体にまとわりつくのを感じながらシートベルトをしてリクライニングを限界まで倒す。
同時に車が発進した。
エンジン音と小さなボリュームで鳴っている親父の好きな洋楽に聞くとも無しに耳を傾け目を閉じる。
疲労感が全身に蔓延していてだるい。
だけど目は冴えていて眠気なんて1ミリもなかった。
「達哉は?」
目を閉じたまま弟のことを訊けば「留守番」と返ってくる。
半分血の繋がりがある弟は、半分血の繋がりがなくて。
それがいま俺の置かれてる状況と弟を大きく隔ててるんだなとぼんやり思う。
だけど実感はない。
俺の家族は親父とお袋と弟で、今日のことがまるで放置された新聞の中の俺には関わりない事件のようだ。
「腹減った」
7時頃出前を頼んでいたけど、誰も手をつけない中でひとり食べる気にはなれずほんの少し手をつけただけだった。
ぽそっとつぶやいて目を開ける。
フロントガラスの向こうはどこにでもありそうな一軒家が並んでいる。
"父親"の実家も普通の家だった。
少し古さを感じる和室の方が多そうな印象の家。俺の家はお袋の意見で洋風な感じ。
「なんか食べて帰るか?」
「いい。弁当買って」
「わかった」
立ち並ぶ家々は珍しくもない風景だけど、走る景色は見知ったものじゃない。
そっとため息を静かに吐き出す。
早く家に帰りたい。
早く俺の"現実"に戻りたい。
親父はなにも喋りかけてこなくて、俺は家に着くまで黙って目を閉じていた。
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