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灰色の糸第7話
『俺が全部悪いんだ』
自嘲するように言われた言葉。
『……やっぱ……ゲイだったから?』
沈黙は肯定で。
そして聞かなくてもわかってることだった。
『本当に、幸せだったんだ』
繰り返された呟きとともに俺の肩に額を乗せる啓介さんが可哀想で頭を撫でた。
ゲイの俺たちには一般的な結婚なんて縁のないことだ。
だから―――
「すごく真面目なひとだった」
離婚の理由なんて訊かなくてもわかる。
「よく気が利くし、礼儀もしっかりしててな。初めて会ったのは大学入学してすぐのころだけど、大人っぽかったな。いまの陽よりも」
逆に、だからこそなんで"結婚をしたのか"っていう疑問が沸いて。
懐かしむように遠い目をした親父がビールを飲んで笑うのに、俺はあの日啓介さんには聞けなかったことを訊いた。
「……高校のころからお袋と……付き合ってたの?」
啓介さんと呼ぶべきなのか、父さんと呼ぶべきなのかわからない。
そのひと、なんて言うには本人を知っていて息子という立場からでは冷たく響きそうで躊躇って。
誤魔化すようにした俺に、きっとその問いにじゃないだろうけど親父は一瞬動きを止めた。
あ、ああ……とさりげなく逸らされた視線。
飲み干したビール缶を置いて、もう一本と親父が立ちあがる。
「……いや、高校のときはまだ付き合ってなかったらしい。大学に……入ってからだろうな」
背を向けてキッチンに向かう親父が何気なさを装って教えてくれる。
けど―――。
「できちゃった結婚って、やつ?」
大学在学中に結婚を急いだ理由。
ゲイだけど、結婚した啓介さん。
女性としたのは一度だけだと、言っていた。
ゲイだというのなら付き合ってた可能性だって薄い。
"なんで女と寝たの"ってことも、あの日聞けなかった。
そこまで踏み込めるはずもない。
それに、
『陽』
頭を撫でていた俺を抱きしめてきた啓介さんを抱きしめ返して。
「……そうだよ。でも誤解のないように言っておくけど、お前はちゃんと望まれて生まれてきたんだからな」
『本当に』
「俺はもうそのときは社会人だったけどな。共通の友人から結婚するって話を聞いて……。結婚式は身うちだけでひっそりしたらしい。ただせっかくのお祝いごとだからって会費制でパーティすることになって俺も参加したけど」
『幸せだったんだ』
「幸せそうだったよ。綾子も笑顔で、啓介くんも笑顔で……。とくに啓介くんは生まれてくるこどもの話ばかりしてたな。名前を考えたって……。皆の前で発表して、親ばかっぷり発揮してたな」
キラキラしていたって言ってた。
何度も幸せだったって言ってた。
「綾子のお腹触りながら本当に幸せでしかないって笑顔で言ってたよ。
"太陽の陽でひかる。いい名前だろう"って」
親父は離婚については「いろいろとあって」とだけしか言わなかった。
いろいろがなにかなんてわかりきってるから聞きかえしたりはせずに、何回か会ったときの記憶と、大学時代の仲間からの評判なんかを交えて俺に話して聞かせた。
若かったころの父親。
きっかけはともかく"望んで"うまれた息子。
話の途中、少し厚めの封筒を渡された。
中身は写真だった。
若い啓介さんと赤ん坊が映ってる写真だった。
本当に、幸せそうだった。
『陽』
あの日、湯船の中でも抱き合った。
まるで恋人のように、甘ったるいキスをしつづけた。
ねぇ、啓介さん。
ねぇ、なんで。
なんで―――。
***
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