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灰色の糸第12話
暗い寝室にテレビの光だけがまぶしい。響くのは小さなこどもの笑い声と、その子供の名を呼ぶ声。
ベッドの下で膝を抱えて座り込み画面を見ていた。
画面にはどこかの動物園ではしゃぐ小さな――俺がいる。
記憶にはない光景。
何歳くらいなのか。二歳なのか三歳くらいなのか。半袖に短パン。夏なんだろう。走り回っている俺は『ひかる、おいで』と呼ばれベンチに腰かけた。
ソフトクリームを手渡されて嬉しそうな笑顔でよくわからない言葉をあげて食べはじめる。
小さな口には大きなソフトクリームを頬張って口の周りはあっという間に汚れていく。
『あーあ、口の周りべドべトだよ』
俺が知ってる声よりも若い声。
画面が揺れ、同時に画面の中で俺の口の周りをティッシュで拭く手が映る。
『パーパ』
ソフトクリームが画面いっぱいに広がる。
父親にもあげようとしてカメラにぶつかったんだろう。
『ありがとう。陽』
クスクスと笑いながら画面が大きく揺れた。
一瞬だけちらりと――若い父親の姿が映った。
俺が叩き割ってしまった写真立てはそのまま床に散らばっていて、そばにうずくまったとき見つけた。ベッドサイドのテーブルの下の段にアルバムやDVDが置かれていることに。
吸い寄せられるように手にしたそれらは全部俺の幼少期のものだった。
お袋の姿はなかったけど、生まれてから数年。
3歳くらいまでの写真は多くて、たまに父親と映っている姿もあった。4歳を過ぎたころから写真は減り、最後は俺の小学校の入学式の写真が数枚でアルバムは終わっていた。
そのころにはとっくにもう俺には親父がいて――弟もできていた。
だから、なのかもしれない。
小学生に入学を期に――あのひとは俺と会わなくなったのかもしれない。
アルバムを見終えて、DVDを観だして、そのほんのわずかに懐かしさを感じた。
てっきり親父とお袋と行ったのだろうと思っていた遊園地が映っていて、あのとき自分の手を引いていたのはあのひとだったのだと知った。
『陽、ほら、下見て。みんな小さいね』
『ちっちゃい! ちっちゃい!』
観覧車の中で椅子の上にのぼって窓にへばりついている俺。至近距離で映っているから隣に父親はいるんだろう。
『ちっちゃいね。陽の大好きなミニカーみたいだね』
たくさん持っていたミニカー。
あとでミニカー買いに行こうか、と父親が子供に言っている。
たくさん持っていたミニカーの、どれだけを買ってもらっていたんだろう。
『陽』
愛おしそうに名前を呼ぶ声。
『パーパ』
楽しそうな無邪気な声。
すべてが息苦しくて悲しくて辛くてわけがわからなくて、だけど、俺は父子の思い出を見続けた。
***
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