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灰色の糸第13話
『……あーダルイ』
『ごめん、本当にがっつきすぎて……。年甲斐もなく』
『えっ? 全然! めっちゃ気持ちよかったよ! ダルイけどすっげーいい感じのだるさ!』
『いい感じの……』
啓介さんがクスリと笑い、俺はその胸元に擦り寄った。ついさっきまで激しく絡み合っていた身体。その肌は汗で湿ってる。
まだ知り合って数時間だっていうのに啓介さんの体温は妙に心地よくて肌に馴染む。もっとくっついていたくなるんだよな。
心臓の音を聞くように耳をあてる。そんな俺の髪をなでる指。さらさらと髪を滑っていく指の感触が心地いい。
『俺、啓介さんに髪撫でられるのめっちゃ好き。なんかすっげぇ落ち着く』
数時間前に別れたヤツにこんなことしたことなかった。年上だから甘えやすいのかな。
ガキみたいなこと言ってるなーって少し思ったけど実際落ち着くからしょうがない。
でもピタリ、と啓介さんの手が止まって、引かれちゃったか? って顔をうかがう。
なぜか一瞬切なそうな表情に見えたけど、目が合うと優しく微笑んでまた俺の髪を撫で始める。
俺は――このとき何を思ったんだろう。
顔を近づけて啓介さんにキスをした。触れるだけのキスを何度か繰り返していたら髪を撫でていた手が首筋に回り妖しく動いて、密着した身体の下肢で互いのものが少し反応しだすのを感じた。
もう散々ヤったのに、足らない。
ぬるり、とどちらともなく舌を出して交り合わせてしがみついて抱きしめられて足を絡めた。
『――……陽』
熱を帯びた囁く声が、好きだと思った。
あのひとは――あのとき何を思ったんだろう。
暗い寝室でぼうっとベッドで横になっていたけど、ふと気づいた。
「……皺になるな」
明日も着る喪服を脱いでおかなきゃいけない。でもハンガーにかけるのは面倒だ。
動くのが億劫でブラックスーツを脱いで皺にならないようベッドに広げて、ネクタイ外してワイシャツぬいでパンツ一枚だけでベッドにもぐりこむ。
俺のベッドより寝心地がいい。
そういやきちんとベッドメイクされてたなって気づいた。
俺は朝起きてそのまま。部屋着もベッドに放り投げて着替えて出かける。
でも啓介さんは違うんだろう。
真面目そうで几帳面そうだった。
この部屋を見てもわかる。
あくびが出て、そっと目を閉じた。枕に顔を埋めると――鼻を掠める匂い。
「……」
俺はそっとパンツの中に手を忍び込ませた。
誰もいないのに、見つからないように、初めて自慰をしたときのように。
萎え切った半身に触れる。
擦って、擦っても、萎えたまま。
枕に伏せたまま大きく深呼吸をして、強く擦って尿道を弄った。
少しだけ、反応した。
『――濡れてる』
ガチガチになった俺のを扱いて先端から溢れる雫を救って、ぞくりとする低い声で囁かれた。
どう触られたか。思い出して反芻するように手を動かす。ほんの少しづつ硬度が増していく。
勃ってしまえば快楽だけを追う。ただただ擦って、先端を弄って射精を促す。
馬鹿みたいに必死に集中した。こんなにも必死に自慰をするのなんて初めてなんだじゃないのか。
しばらくして掌で熱い飛沫を受け止めた。
ティッシュを用意してしなかったからすこしこぼれてパンツにシミができる。
ため息つきながらベッドサイドにあったティッシュをとって精液をふき取った。
ごしごしと、拭く。
射精の気持ちよさなんて一瞬だ。
「……バカみてぇ」
本当に馬鹿みたいでイライラする。
自慰のあとのどうしようもない虚しさと、ぐちゃぐちゃした感情。
一ミリもスッキリしなかった。
あるのは理解できない、という感情だけ。
このベッドで、シてみれば――あのひとの気持ちが少しでも……なんて――あるわけなかった。
かけらもわからない。
なんで、息子と気付いたはずなのに、行為をやめなかったのか。
なんで、息子と知ってセックスしたのか。
考えたくないのに。頭の中が黒く重いものを詰め込まれていくように辛くて、胸が潰れそうに苦しい。
「なんで、なんでだよ」
なんで、なんで、なんでなんで。
「――……ッ」
呻いて、そして叫んで、枕にこぶしを叩きつけた。
でもそれさえも虚しい。
なにをどう考えればいいのかわからない。
悲しめばいいのか、憎めばいいのか、怒ればいいのか、泣けばいいのか。
――……なんで、
死んだんだ。
***
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