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揺れる
駅まで迎えに来たリンの車にのっていた兄は、珍しく外出着を着ていた。
黒いキャスケットに、黒いロングカーディガン。黒いワイドパンツに厚底のブーツ。
目立つのが嫌いな割には、ロックテイストな服を着たがる。
いつもは部屋着なのにどうしたのか尋ねると、
「出かけてたから」
と、兄は答えた。
その返答に、思わず目を瞬かせ兄をじっと見つめる。
そう言えば、兄の足もとに服屋の物と思われる買い物袋が置かれている。
「買い物?」
「うん。でも、映画行きたかった」
「……え、え……映画?」
驚きのあまり、声が裏返ってしまう。
オミが映画に行くなんて。珍しすぎる。
兄はアルの反応が不満だったらしく、頬を膨らませてアルを見る。
「別に。僕だって外には出るよ。
起きたらアルいなかったし。見たいのあったし。行きたいところもあったから」
「へえ。珍しいね」
「まあ……そうだけど……外嫌いだけど、人ごみじゃなければそこまでじゃないし」
外に出た、ということは、兄はリンと出掛けたと言うことか。
正直羨ましい。
オミはアルとも一緒に出掛けたがらない。
リンとなら出掛けるのかと思うと複雑な思いがする。
「夕食、外で食べてもいいけどどうする?」
珍しいことを、リンが提案してくる。
オミが外に出たがらないので外食など何年もしていない。
リンもわざわざ外食に誘い出そうとはしてこないし、何もかもが珍しい。
「外食、いいの?」
オミは、驚いた様子で言うと、運転席のリンは頷く。
「うん。久しぶりに外に出たし。何が食べたい?」
「ピザ」
兄が目を輝かせていうと、リンはわかったと頷いた。
リンはスマートフォンをだしてどこかに電話すると、行こう、と言って車を出発させた。
夜、案の定リンの部屋に呼ばれた。
部屋に入った瞬間、壁に押し付けられて口づけられた。
息継ぎもままならないほどの激しいキスに、腰が砕けたころリンはアルを抱きかかえベッドへと運んで行った。
「別の|男《アルファ》の匂いを纏わりつかせて帰ってくるなんてね」
そう言って、リンはニコリとほほ笑む。
笑みとは裏腹に、声は異様に冷たい。
部屋に漂う煙草の匂いは、普段よりも色濃い。と言うことは、何本も煙草を吸ったのだろう。
怒ってる? なんで?
アルの混乱をよそに、リンは、アルの服を脱がせにかかる。
それに対して抵抗などする気はなく、アルはされるがままになった。
リンの手が双丘を撫で、窄みへと触れる。
「キスで、こんなに濡らすなんて。
アルは淫乱だね」
「ちが……あぁ!」
一気に指が2本、中に入ってくる。
くねくねと蠢く指は、内壁を叩き、ぐちゅぐちゅと中をかき混ぜていく。
気持ちいい。
そう言いかけて、言葉を飲み込む。
「彼に抱かれたかと思ったけど。何もされなかったんだね」
「あ……なん、で……う、あぁ!」
うつ伏せにされ、腰を高く上げられてアルは後ろから貫かれていた。
彼、というのが静夜をさしているのはすぐわかったけれどなぜ彼との関係を疑うのか理解できなかった。
発情して抱かれたのは事実だが、そのあと何もない。
今日だって、ただ買い物に行って彼の部屋に行って普通に過ごしただけだ。
身体に触れられたのは事実だが、それ以上何もない。
「ひ、う……」
「静夜だっけ。彼の匂いをまとわりつかせてたけど。
抱き締められでもしたの?」
「何も……ない……う、あぁ!」
「彼、アルファなのに。発情期は手を出せてもそれ以外は何にもしないなんて。
アル、君の周りには普通のアルファがいないんだね」
アルファはオメガを、オメガはアルファを本能で求める。
絶対数が少ないから、互いを見つければ見境なくアルファはオメガを囲おうとし、オメガはアルファを誘惑する。
もちろん、兄のようにオメガが苦手なアルファもいるが、それはたぶん珍しい部類だろう。
リンだってそうだろうに。
アルより前に、オメガと関係を持ったことなどないのだし、同じアルファのオミを愛しているのだから。
「リン……は、まとも……じゃ……、そこやだ……」
リンは浅いところばかりを突き、中をかき混ぜるように腰を回す。
「あぁ、君は俺とオミくらいしかアルファを認識してないか。
君の周りにはたくさんアルファがいるのに。まあ、皆大人だし、相手がいるから君に手を出そうなんてしないけど」
「リン……俺、は……」
「中、すごい締め付けだね。アルは彼が気になるの?」
「そんなこと……な……あぁ!」
ぐちゅぐちゅと、中をかき混ぜられ最奥をこじ開けるようにグイと先端を押し込まれていく。
「奥……奥……」
「もうすぐ試験でしょう。
しらばくは何もしないから。だから今日はいっぱいしないとね」
アルは枕を抱きかかえ、腰から這い上がる快楽に身体を震わせた。
「……イク、イク……から……」
「愛してるよアル……だから中、いっぱいにしてあげる」
アイシテル?
彼が好きなのは、兄なくせに。
「リン、は……オミが、好きなんじゃ……」
「そうだよ。だけどあの子は……」
ぐい、と奥をつつかれ目の前がチカチカと点滅し、うねる熱がマグマのように噴出していく。
「俺の|運命《つがい》じゃない」
「うあ……あぁ……」
射精していることなどお構いなしに、リンは腰の動きを早めていった。
「珍しく外に出たがったから、今日は思いもよらずデートしたけど」
デートなんて言葉を聞き、アルの心の中でぴきっと音が鳴ったような気がした。
「デートって……」
「あぁ、アルとはふたりで出かけたことなかったっけ。
試験が終わったら、行く? クリスマスも近いし。あの子は、紫音や稔が相手してくれるし」
「俺は、そんなつもり……」
「まぁ、俺は、一日中アルとこうしていてもいいけど」
別にリンと出掛けたいとは思っていない。と思う。
自分でもよくわからない。
正直、兄とリンが一緒に出掛けたと聞いて嫉妬したのは事実だ。
リンをうらやましいと思ったし。けれどリンと自分は?
愛を囁く癖に、身体の関係以外、何がある?
何もないじゃないか。
そう思い、また心の中でぴきりと音がした。
「わかる? 今、中、すごい締め付けた。
アル、俺と一日中セックスしたいの?」
「ち、が……う、あ、あ……」
リンは一度引き抜くと、アルの身体を反転させ今度は正常位で貫いた。
目の端から、雫が流れていくのはなぜだろう。
本当に、彼は自分を愛しているのだろうか?
ただ身体の関係だけなら、彼の愛人と何が違うのだろうか?
「り、ん……」
無意識に手を伸ばし彼の首にしがみ付く。
いつでも噛めるだろうに。
なぜうなじを噛んで、番にしないのだろうか。
その気がないのか。
それとも別の理由か。
番とか言うのなら、愛されている実感が欲しい。
「リン……お願い、だから……俺を、愛して……」
「……俺は、君のこと愛してるよ」
そう言って、リンは口づけてくる。
「ん……ほんとう、に……?」
口づけの合間にそう問いかければ、リンは優しく微笑む。
「俺は、君たちには嘘をつかないよ」
「ひ、あ……また、クル……」
中が熱いもので満たされるのを感じながら、アルは、何度目かの迸りを放った。
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