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リンと稔

 リンがアルを求めなくなり3日が過ぎた。  期末試験が近いので気を使ったのだが、彼は眠れなくなってしまったようで今朝は顔色が悪かった。 「辛いなら休んだらいいのに」  そう声をかけたけれど、大丈夫だからと言って彼は学校に行ってしまった。  彼が学校を休むなら、仕事をキャンセルしようと思っていたが。  抱いているときは甘えて縋ってくるのに、普段はそんな態度をかけらも見せない。 「その落差も可愛いんだけど」  ベッドに腰掛け、煙草の紫煙を吐きだす。  頭をよぎる、アルの同級生の存在。  オミから連絡が来て、アルはその同級生に付き添われて早退したらしい。  今、リンは出先であるし、どうすることもできないので仕方ないことだが。  たぶん家には帰っていないだろう。  そうなると、静夜の家に連れて行かれただろうか。  嫉妬している自分に気が付き、思わず笑みがこぼれる。 「何を笑ってるんです?」  ベッドに横たわる稔が、不思議そうな顔でこちらを見上げる。  午前中に仕事を済ませ、午後から逢瀬の為に借りている部屋に稔を呼び出して、彼を抱いていた。  試験終了まであと1週間少々、誰も抱かずになどいられるわけがなかった。  手首を縛ったせいで、稔の手首は少し腫れてしまっている。  煙草を灰皿に押し付け、彼の手首を手に取り、そこに口づける。 「赤くなっちゃったね」 「リン、さん……」  わずかに彼の声が熱を帯びる。 「稔は、恋人作らないの」  そう問うと、彼は視線をそらしてしまう。  新米の刑事で、エリートで。  言い寄ってくるオメガなんていくらでもいるだろうに。稔はただひとりを追い求めている。  けれどその人とは何もないらしい。正直それは理解できないが、稔自身はずっと理性と本能の狭間で苦しんでいる。   「俺は、邪魔したくないですから」  彼の愛する|人《オメガ》は、夢を持ち、それをかなえようと運命に抗っているらしい。  オメガでありながら医師を目指す親友と同じだ。  そのオメガに欲情する自分をどうしたらいいかわからず、リンに縋ってきたのが、この関係の始まりだった。   「あの、リンさんは……? 聞きましたよ。  というか、葵さん、怒り狂ってたって。理人さんが」 「理人がお前に喋ったの?」  理人はアルたちの義父だ。  彼が稔にそんな話をするのは意外だった。ふたりはかなり年の差があるし、接点もあまりないはずだ。 「俺とリンさんの関係は……数人しか知らないことですけど。  理人さん、知ってるんじゃないですかね。だからたぶん俺に言って来たんだと思います。  アルが欲しいなら、愛人との関係をどうにかしろとかいってましたけど」 「それ、葵に言われたよ」  だから、稔以外の愛人とは手を切った。  稔との関係を今どうこうするつもりはないのだけれど、理人が知っているのなら彼との関係もどうにかしなくちゃいけないのだろうか。  そう思うと、さすがに心が揺らぐ。 「いまはいないよ、セフレは」 「俺との関係も、終わらせます?」  心なしか、彼の声は震えていた。  利用したのはどちらだろうか。  稔と関係を持つようになったのは、8も下のアルファに欲情している自分に気が付いたときだ。  アルは知らないらしいが、オミがアルファと診断されたのは早かった。  11歳の頃にはそう診断されたと聞いている。  親を失い、大けがを負い。目覚めたとき傍にいたリンに、オミは甘えてきた。  たぶんオミは、義両親よりもリンに依存している。  そんな子供に欲情している自分が許せずにいたとき、稔が近づいてきた。  オミと同じ、アルファの少年。  オミに傾けてはいけない感情を、稔で発散することで自分を保とうとした。 「いつかは終わらせなくちゃかな」 「いつか……ですか?」  不安の色が浮かぶ瞳で、こちらを見つめる稔の頭を撫でると彼は気持ちよさげに目を細める。 「いつまでも続ける気なんて、お前もないでしょ」 「そう、ですけど……」 「稔だってもう、23なんだし」  そして、自分も25だ。   「リンさんは、アルをどうするんです。  学校には行かせるんですか? っていうか、うなじ、噛んでないんですよね。  なんで番にしないんです」 「うなじを噛んで、無理やり従属させる気はないよ。  心も身体も、全部俺なしでは生きていけなくしたいから」 「身代わりでも、ですか?」 「俺は、アルのことちゃんと好きだよ。それに嘘はないよ」  好きだし、ちゃんと愛している。  そう言っても、どうやら説得力がないらしく稔は不審な目を向けてくる。  それに苦笑いをし、 「俺、アルのことちゃんと大事に思ってるんだけど」  と呟く。 「リンさん、言い寄られたら基本断らないじゃないですか。  好きな相手には、何もしないのに。  あれ、でもキスしたんですっけ。それでも気が付かないんですか、あの子。大丈夫です?」 「さあ。別に気が付かれたところで何も起きないよ。  あの子は誰にも興味がないし」 「あぁ……まだ、事件で苦しんでるんですっけ……」  オミはずっと爆弾テロの後遺症に苦しんでいる。  両親を目の前で失ったショックと、死にかけたショックからか、他人に関わるのをひどく怖がる。  だから他人への興味を持たない。  失うのが怖いからだろう。  それだけ、あの子の心の傷は深い。 「リンさんて何考えてるんです?  紫音さんはリンさんのこと貞操観念崩壊してるとか、言いたい放題ですけど。  一緒に暮らしててオミとアルに手を出してなかったのが不思議で」 「俺だって良識位あるよ」  貞操観念がおかしい自覚はあるけれど、崩壊しているは言い過ぎではないだろうか。  苦笑していると、稔は身体を起こして背中から抱き着いてきた。   「ねえ、リンさんはそれでいいんですか?  アルは、国が番わせようとしている相手でしょう?」 「法律は、アルファ同士の婚姻を認めていないよ」  そして、法律はアルファとオメガ以外の同性婚を認めていない。  オミに手を出そうものなら、国はリンの前からオミを奪い去るだろうし、閉じ込めるくらい平気でやりかねない。  アルファで、強い超能力を持つものは希少種だ。  そのひとりである稔は囲いこまれ、刑事にさせられてしまった。  オミもまた、何の自由も与えられはしないだろう。  今だって、リンという監視をつけ捕らえているのだから。  リンは身をよじり振り返ると、稔の頭に手を回し、唇を重ねた。  すると稔は自分から口を開き、舌を差し出してくる。  びちゃびちゃと舌を絡ませながら、そのまま稔をベッドへと押し倒す。  口を離したとき、銀色の糸を引く。稔はうっとりとした目でリンを見つめた。 「リンさん……」  甘い声で自分を呼ぶ稔に笑いかけ、 「もう一回しようか」  と言うと、まつげを震わせこくりとうなずいた。

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