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義母と

 冬の太陽は弱々しく地上を照らし、吹く風は冷たく、人々はみな冬物のコートを着込み縮こまって歩いている。  デパート周辺は相変わらず人通りが多かった。  大半は観光客だろう。  大道芸人が空中浮遊をみせ、人々は歓声をあげている。    ねーねー、あの人よくない?  すれ違う女性たちの呟きと視線。  以前ならさほど気にも留めなかったが、今はその視線が痛々しい。  発情を迎えたオメガである以上、|一般人《ベータ》の女性と付き合うことなどないだろう。そもそも今まで女性に興味を持ったこともないし。  昔から兄以外に興味を持ったことがない。  告白されたことは何度もあるが、その都度適当に理由をつけて断ってきた。  いくら好意を向けられても、友達にはなれるが恋人には絶対になれない。  そんな思いがあるからか、余計に女性に興味が向かない。  アルがアルファだと勘違いし、だから断られると思う女性が多く、アルファだからベータには興味ないよねと勝手に納得されることが多かった。  だめだと思っても告白してくる女性の気持ちは正直理解できない。 「やっぱりあなた連れていると目立つわねー」  と、年相応に見えない母が言う。 「葵だって目立つじゃない。  いつだっけ。スカウトされたとか言ってたの」 「あら、そんなことあったかしら?」  そう言って、葵は大きな二重の瞳をアルに向けて笑う。  葵は身長は160近くと少々高めだが、可憐で、はかなげな雰囲気を纏っている。  中身は全くそんなことはないが、その見た目から庇護欲をかきたてられるらしい。  人通りの多いところに行けば、スカウトされることが多いと以前言っていた。 「あら、臨じゃない、これ」  そう言って、葵は立ち止まりデパートのショーウィンドウに飾られた大きなポスターを見つめた。  以前見た香水のポスターだ。  こちらを見つめるリンの表情は非常に色っぽい。  いつも自分を抱くとき、どんな顔をしていたっけ。どうも記憶がおぼろげで思い出せない。   「たしか、大学生の時からこういうのやっているのよね。  アルバイトで働き始めたタウン誌の社長に頼まれてモデルやり始めて。そこから目をつけられてテレビCMにまで出ちゃうんだから驚きよね」 「俺、リンにファンがいるのが驚きなんだけど」 「いるでしょうね。  見た目だけならいいし」  言いながら、葵は振り返る。 「男も女も節操なく手を出すし、好きでもない相手とはいくらでも寝られる癖に、好きな相手には何にもできなくて。でもそばには置いておきたくて執着心強いし」 「……言いたい放題だね、葵。  なんで一緒に暮らすこと許したの」  葵の方が年上だからだろうか、リンへの評価は容赦がない。 「他に選択肢もなかったもの。  ふたりで暮らすのは却下だし。  またあんなことになったら……」  そして、葵は目を伏せる。  あんなことがなんの事かわからず、アルは戸惑い義母を見る。  彼女ははっとした表情をして、首を横に振った。 「なんでもないわ。  そうね。あなたたちは家出たいって聞かないし。  なら、臨とならいいわ、って言うしかなかったのよ。  それにね、アル」  葵は真面目な顔をして、アルを見つめる。 「貴方にその時が来たら……理人はそのことで悩んでいたし」  その時が何のことなのかすぐに察し、アルはどきりとする。  その時……発情期のことだろう。  発情期のオメガは、アルファを誰彼かまわず誘惑するフェロモンを発する。  血縁があればその影響はほとんど受けないが、血縁のない義父の理人は、いくら番がいても影響を受けてしまうかもしれないということか。 「アルファ用の抑制剤ってあるけど……効果があるかは薬飲んで、発情したオメガを目の前にしないとわからないし。  薬も合う合わないがあるから」 「……あぁ……そうか。  俺、下手したら理人と……」  血のつながりがない以上、それは避けられないかもしれない。  そう思うと心がざわつきだす。  中学生の頃。オメガと診断された結果は義理の両親であるふたりにも知らされている。そこから病院にかかるよう薦められ、病院で両親ともに指導をうけた。  オメガだとわかった後でも、理人の態度は変わらなかったし、葛藤など微塵も感じなかった。 「そうなったら、ふたりとも傷ついてしまうものね。  そのことを思ったら、家を出るのは仕方ないとも思ったのよ。  それに、この国は、アルと臨を番わせたいみたいだし」  それは、紫音が言っていたように思う。  なぜ臨なのだろうか。もっと年の近いアルファ――稔がいるのに。  彼には他に誰かいるのだろうか。浮いた噂を聞かないし、しかも今は刑事なのであまり会うこともない。   「だから研究所に素質ありと認められた能力者を集めているのよ。  その中にアルファとオメガがいたら万々歳。  アルファを増やし、強い能力者を増やせたら一石二鳥よね。  発現する力の強さは、遺伝するし」  誰かに決められたと思うと、抵抗を感じてしまうのは思春期のせいだろうか。  リンは幼い頃からそばにいて、恋愛対象と見たことがない。  有無も言わさず関係をもたされ、今に至るわけだが、アル自身どう思っているかはよくわからなかった。  ただ漠然と、彼からは逃げられないとは思っている。  たぶんこのまま、リンと番になるのだろう。  ならば……さっさとうなじを噛めばいいのに。 「発情期に噛まれたら、番の契約成立しちゃうから気をつけなさいよ?  その気がないならはっきり言わないと、臨はきっと、次は噛むと思うから」 「俺は……臨のことは嫌いじゃないよ」 「好きだとも思えないけれど」  そう言われると、何も言えなくなってしまう。  完全に押し黙ってしまい、アルは苦笑するしかなかった。   「ねえ、アル」  ぎゅっと、葵がアルの右手を握る。  目尻を下げ、不安げな表情を浮かべて、こちらを見上げている。 「うちに、いつ帰ってきてもいいのよ。  臨に振り回されることなんてないんだから」 「葵?」  葵がこんな表情を見せるのは初めてではないだろうか。  不思議な気持ちで、葵を見つめる。 「来年高3だものね。  進路のこともあるし。進学するのか、どうするのか、そう言う話しないじゃない」 「……あぁ、そうだね」  進路なんてどうしたらいいかわからない。  オメガは高校卒業後就職も、進学もしない者が珍しくない。  発情期があるし、結婚年齢が二十歳前後であることを考えれば普通のことだが、できれば上に行きたいとは思う。ベータの多くがそうするように。  だからと言って、したいことは今思い浮かばなかった。  たくさんの人が、ふたりの周りを通り過ぎていく。  美男美女だとか、お似合いとか勝手なことを呟いて。  葵は首を横に振ると、ぱっと微笑んだ。  「さあ、買い物いきましょう。  夕食、私作るわ」 「え? あ、葵が?」 「えぇ。そうよ。  あ、臨でもキッチンにはいられるの嫌いだっけ」  と、最後は独り言のように呟く。 「あぁ、うん。  料理だけは手伝わせてもらえない」 「あらそうなの。困ったわねえ」  言いながら、葵は笑っている。   「それなら彼に作ってもらえばいいわね。理人今日は帰り遅いのよね。夕飯食べてくるっていっていたし」 「それ、本人に言わないと」 「マンション帰ってから言うわ」  それでは遅いのではないだろうか。  そう思うものの、突っ込むことはできなかった。    葵と夕方まで服屋をまわり、食材を購入して家に帰った。  サバの味噌煮と、揚げ出し豆腐。それにお吸い物にご飯といった料理を臨に作らせ、葵は夕食後に迎えにきた理人に連れられて帰って行った。  歩き回って疲れていたせいか、布団に入りすうっと眠りに落ちた。  もしかしたら、これを葵は狙っていたのだろうか。  それとも天然なのか。それでも眠れるのはありがたかった。  夜中、がちゃりとドアが開く音がして目が覚めた。思わず身体が強張る。  けれど入ってきたのは予想外の人物……猫柄のパジャマを着たオミだった。 「え? オミ?」  困惑するアルをよそに彼はふらふらとこちらへと歩いてくる。  そしてアルの横たわるベッドの布団をはぐと、当たり前のことのように布団に入り込んできた。  寝ぼけてるのだろう。  けれど寝ぼけてアルの部屋に入ってくるのなんて初めてだ。 「オミ?」  名前を呼ぶと、うっすらと兄は目をあける。 「ア……ル?」  一瞬不思議そうな顔をするが、オミはアルの首に腕を絡めそのまま目を閉じた。  そして寝息をたてはじめる。  普段はくらくらして仕方ない兄のフェロモンだが、今は心地いい。  アルは兄を抱きしめ、そのまま眠りにおちていった。

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