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異変
リンは葵がもってきた封筒の中身を見て、苦々しい気持ちになっていた。
彼女がこの家に来た表向きの理由は双子に会うためだが、本当の理由はこの手紙をリンに届けることにあった。
その手紙を見て、すでに3本、煙草を消費している。
来月、ショッピングモールで爆弾事件の被害者を追悼する式典が行われる。
その招待状が、毎年双子のもとに届く。
いい加減やめたらいいのにと思うが、やめる気配もない。
あの事件で身内を亡くした者や、大けがを負った者にとってはただ嫌な思い出でしかないだろう。
なのに、こうやって手紙をよこし記憶を呼び起こさせるのだからわけがわからない。
4本目の煙草に手を伸ばし、また火をつける。
毎年来るこの手紙を処分するのは、リンの役割だった。
あのショッピングモールで式典をやっていることを、双子は知らないはずだ。
地方のニュースにはのるが、全国テレビなどで取り上げられることはない。
だからふたりの目につく可能性は低い。
勝手に手紙を処分していることを知ったら、あの二人は何を言うだろうか。
自分たちの両親の為に開かれている追悼式典だ。
ふたりは怒るかもしれない。
だから、手紙はリンが処分している。葵たちが勝手に処分して、それをふたりが知ったら葵たちとの間に溝ができかねないと思ったからだ。
「憎まれるのは、俺だけで十分だしね」
呟いて、手紙を手のひらに乗せる。
びりっと電気が手のひらの上を踊り、手紙が瞬時に塵となり跡形もなく消え去る。
煙草の匂いと紙が焼けたにおいが充満し、さすがに空気を入れ替えようと窓を開けた。
部屋からは駅前の夜景がよく見える。
この時期はいたるところでイルミネーションをやっている。
デートに連れて行く約束をしたし、アルを連れて見に行こうか。
彼は嫌がるだろうか。
愛を囁いても、彼は信じてくれないのはなぜだろう。
抱いてばかりなことに、少しは反省している。あくまで、少しだが。
発情期のオメガを目の前にして、本能になど抗えない。
ましてや、自分より先にアルを抱いたアルファがいるという現実には、正直耐えられなかった。
8も下の少年に翻弄され、8も下の少年に挑発されて。
「でも、俺は、アルを手放す気はないし」
呟いて煙草を口にし、紫煙を吐きだす。
早く抱きたい。
あと数日たてば試験が終わる。
また毎日のように抱いて……余計なことを考えず、眠れるならその方がいいだろう。
「てっきりすがってくるかと思ったのに、アルは強情だね」
呟いて、また煙草を口にする。
次の発情は2月頃。事前に薬を飲ませなければ。
学校や外で発情したらあっという間に他のアルファの餌食だろう。
できればその頃は外に出したくはないが、たぶん抵抗するだろう。
ならば薬を飲ませて外で発情しないようにコントロールさせなければ。
発情期のオメガが外を歩く危険について、彼はきっと認識していないだろう。
少子化の影響で年々アルファもオメガも減り続けているという。
国の統計では合わせて1割いると言うが、実際はもっと少ないだろう。数パーセントだっているかあやしい。
事実、リンは同い年のアルファに会ったことがないし、同い年のオメガは紫音しかしらない。
そんな少ないオメガとアルファだが、町の中で出会わないという保証はどこにもないのだから。
試験期間中、普段と違いアルは眠そうな顔を見せなかった。
彼からわずかに漂うオミの匂いで、なんとなく事情は察したけれど、本当にわずかだったし夜寝付くときや朝、オミは自分の部屋で眠っているので特になにも言わなかった。
どうせオミは覚えていないだろうし、アルも憶えているかどうか。
試験最終日の木曜日。
そろそろ家を出て迎えにいこうかと言う時間、ふたりからほぼ同じタイミングでメールが来た。
アルは友達と出掛けると言う内容で、オミは図書室によって行く、と言う内容だった。
アルの友達と言うのは例の静夜だろう。
彼の行動を制限するつもりはまだないので、時間には帰るよう伝えた。
オミの図書室も特段珍しいものではなかった。
オミは本が好きだ。
月に何冊も読んでいるし、購入もしている。
試験も終わったし、何か借りたいのだろう。
駐車場で待っていると伝え、家を出た。
たくさんの生徒たちが校門から出てくるのを見つめ、リンは煙草を取り出す。
ふたりを迎えに来るときは極力吸わないようにしているが、どれくらいでオミが出てくるかわからないので今のうちに吸っておこうと考えた。
生徒たちの中に、アルと静夜の姿を見つける。
きっと駅前にでも行くのだろう。
多くの生徒たちと同じように、モノレールの駅に向かって歩いていく。
心に小さく痛みが走るのは、きっと嫉妬だろう。
アルファの本能が警鐘を鳴らしているのだろうか。彼を渡すなと訴えているようだ。
煙草を吸いながらふたりを見送り一時間ほどたった頃。
オミが校門から出てくるのが見えた。
違和感を覚えて、車からおりる。
青白い顔をして、道路をわたりこちらへと歩いてくる。
駆け出して、道路を渡ったオミに近づくと、オミはフラッとリンの方へと倒れこんだ。
「オミ?」
身体を抱き締めると、ほんのわずかだが別のアルファの匂いが鼻をつく。
違和感を覚えるが今はそれどころじゃないと思い、オミの身体を抱き上げ酔うとする。けれどそれは抵抗されてしまう。
「ごめん、ちょっとふらついただけだから」
言いながら、オミはリンの胸を力なく押す。
「だーめ。
なんで呼ばないの、俺を」
「それは……だから、大丈夫だから」
「ダメだってば。嫌だと言っても抱っこしていく」
さすがに高校生が白昼抱き上げられて運ばれるのははずかしいにだろうが、そんなことに構う気は更々なかった。
リビングのソファーに腰かけて、リンはこれはデジャヴか何かかと考えていた。
制服姿のままのオミが、リンの膝を枕に横になっている。
オミは家につくなりトイレに駆け込み、10分ちかく吐きつづけた。
昼食を食べておらず、吐くものもろくにないだろうに。
胃液まで吐いたらしく、喉がいたいと訴えた。
病院に行くことを勧めたが、ガンとして断られ今に至る。
「お昼、食べられそう?」
さすがに2時近くになり空腹を覚え、オミの頭を撫でてそう声をかけた。
オミは薄く目を開き、
「……うどん食べたい」
とかすれた声で言う。
「じゃあ、用意するから待ってて」
すると、オミはゆっくりと身体を起こし、ふらふらとソファーからおりてこたつへと潜り込んだ。
いったい何があったのか。
聞いても教えてくれず、お手上げ状態だ。
少し前も同じようなことがあったが、あのときは吐くまでいたらなかった。
今日はひどすぎる。
爆破事件のあった日が近づくと毎年体調を崩すがここまでひどかったことはない。
たぶん他の事情だろう。
オミからわずかに感じた別のアルファの匂い。
オミの同級生のものだろうか。
何があったのか本人が語らなければ何もできない。
胸がざわついて仕方ないが、てきぱきと昼食にきつねうどんを用意して、オミのいるこたつまで運んでいった。
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