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オメガ
月曜日の朝、一緒に眠っていたはずの兄はいつの間にかいなくなっていた。
自分より早く起きたのかと思ったがそんなことはなく、いつものようにオミの部屋に彼を起こしに行くことになった。
あれは夢だったのだろうか。
いまいち自信がもてない。
兄なら寝ぼけて部屋に入ってくるのはありそうだが、そのあと部屋に戻るだろうか?
「夜、俺の部屋きた?」
と聞いたら、いぶかしげな顔をして首を横に振った。
「んなわけないじゃない」
そう言われたらもちろん何も言い返せない。
次の日も夜中、オミは部屋に来た。
当たり前のようにベッドにもぐりこみ、朝にはいなくなる。
夢なのか、現実なのか。あやふやで自信が持てない。
モヤモヤしながらも、何とか試験最終日を迎えた。
あと一科目となった休み時間。
静夜が声をかけてきた。
「アル」
「ん? 何」
「この後、暇?」
「暇っていうか……予定はないけど」
そう答えると、静夜はほっとしたような顔をする。
「うちこないか?」
「え?」
目を瞬かせると彼は、
「試験終わったし遊びにいかないか」
特に断る理由も思い付かず、頷いて、
「5時には帰るけど」
と告げた。
「わかってる。あ、昼どうする?
どっか食べ行く?」
「あぁうん」
このところよく外に出ている気がする。静夜と何度外にいっただろう。
以前はこんなに誘ってくることなんてなかったように思う。時折遊びに行っていたけれど、そこまで親密でもなかったのに。
リンに連絡と、兄に出掛けることを伝えなければ。
まだ時間があることを確認して席をたち、アルは教室を出た。
兄の教室へ向かおうとしたところ、アルは立ち止まった。
兄が、誰かと廊下で話している。
誰だっけと思い、しばらく考えて、オミが毛嫌いしているアルファだと思い出す。たしか、夏目とかいう名前だ。
兄の顔に表情はないが、夏目はニコニコしている。
その表情の落差に違和感を覚える。すぐに夏目は去り、兄は首を横に振った。
視線が合うと、兄は笑って手を振ってきた。いつもの兄だ。
アルは彼に近寄り、何を話していたのか尋ねた。
すると兄は首を振り、
「テストの話、してただけだよ」
と言って笑う。
特にその答えに違和感はなかったので、とりあえず今日の帰り、静夜と出掛けると伝えた。
「わかった。
じゃあ僕は、図書室行こうかな」
と呟く。
兄は図書室が好きだ。たぶん放っておいたら一日中引きこもってしまう。
チャイムの音が鳴り響き、アルは手を振ってオミと別れた。
「夏目と、オミが?」
駅へと向かう道で、アルは静夜にオミと夏目が話していたことを話した。
すると、彼は訝しげな顔をする。
「オミに言い寄ってるんだろ、たしか」
「アルファ同士ならアルファだってわかるよね、普通」
「まあ。うん。わかるはずだけどな。
同じアルファを屈服させたいやつもいるし、実際あいつアルファ囲ってるって言ってきたこともあるしな。
あいつアルファもオメガも関係ないらしいから。
取り巻きいるし。
好みの相手なら誰でもいーんだろ」
高校生で寝るとか囲うだとか話すのもどうかと思うが、アルファやオメガの初体験の年齢は低めだというから仕方ないのだろうか。
辺りには同じ学校の生徒たちがたくさんいるけれど、誰もアルたちの会話など気にする様子はなかった。
一人の者は耳にイヤホンをつけ、友人と一緒の者は会話に夢中で他人など見えていないようだった。
「まあ、オミだってアルファだし、大丈夫じゃね。
いざとなれば、力使えるんだし」
「それやったら、確実に怪我させるし」
アルは苦笑する。
オミの力は炎を操る力だ。
下手に使えば確実に火傷を負わせるし、人間を消し炭に位できるだろう。
けれどそれをやれば立派に犯罪者だ。そう簡単に力なんて使えないのが現実だった。
冷たく乾いた風が町を通り抜け、空は少し灰色がかって見える。
主要道路から少し離れた静かな住宅街で目立つ、大きな家。
父親は医者だというだけあり、静夜の家は立派で綺麗だった。
外観を見たのは初めてではないだろうか。
前は静夜がその力を使って瞬間移動をしていた。
静夜の家に来る予定はなかったが、家に帰り遅くなると伝えたら、母親に食い下がられ、挙げ句アルを家につれてこい、という話になったらしい。
「あの人、暇だからな」
「静葉さん、は、何かしてるの」
「んー……あの人外で働いたことないから。ずっと家。
高校でて結婚して、俺生んで……弟や妹生んでだからな」
弟。妹……?
「え、いるの、きょうだい」
はじめて聞く話に目を丸くすると、静夜は無表情に頷いた。
「そりゃーな。
でも、ふたりとも養子にいってる。
新年とか会うくらいだな」
言いながら、彼は玄関を開けた。
なかにはいると、ふわっと花の芳香剤の匂いが香る。
玄関へと出てきた静葉は、藍色のエプロンをしていた。
ケーキか何かか。お菓子の甘い匂いが漂ってくる。
彼は満面の笑みを浮かべて、
「いらっしゃい」
と言った。
「お邪魔します」
そう言って頭を下げると、彼はアルの手をつかみ、
「早く上がって」
と言った。
「そんなことしたら驚くだろ」
あきれた口調で静夜が言うと、静葉はにこっとわらい、
「静夜は早く着替えてきなさい」
と言った。
静夜は苦笑すると、
「わかったから。
変なこと吹き込むなよ」
と少しきつめの口調で告げて、足早に階段を上っていった。
アルはそのままリビングへと連れ込まれた。
十なん畳はあろう広いリビングには、高そうなソファーとオーディオ機器、大きなテレビがある。
紺色を基調としたカバーリングにカーテン。
綺麗に片付いた、モデルルームのような部屋だった。
「あの子、あまり友達つれてこないから、張り切っちゃって。フォンダンショコラは食べられる?」
「はい、大丈夫です」
「ソファー座って待ってて。すぐ焼くから」
そして、静葉はリビングの奥にあるダイニングキッチンへと向かっていった。
言われた通り、コートを脱いでリュックを置き、ソファーに座り込んだ。
聞こえてくる音楽はたぶん映画音楽だろう。タイトルまではわからないが、聞き覚えがある。
「同じオメガの子と会うのって久しぶりで。人にもあまり会わないから。
ごめんね、驚かせちゃったかな」
驚きはしているが、それをストレートに言えず、苦笑して大丈夫です、と答える。
「外に出ないんですか」
と問いかけると、彼はそうだね、と言った。
「あんまり外には出ないね。
オメガって、レイプ被害が多いと言われてるけど、誘拐も多いんだよね」
「誘拐?」
何かが引っ掛かる。
誘拐。頭の中で何かがモヤモヤしているがなんだかわからない。
「あんまり公にならないけど、何年か前に立て続けにあったみたいで。
そういうのがあると、尚更外にはでないよう言われるんだ」
そして、彼はふわっと笑う。
外に出るな、と言われるのがさも当たり前であるように、彼は思っておるのだろうか。
「外でたいって思わないんです?」
「そうだね。
日常の買い物は全然できるし、好きなことやっていられるから、特別外でどうしたいってないかな。
彼が行くなって言うなら、僕は従うって当たり前だしね」
番になったら、そんなこと思うのだろうか。
正直理解できない。
アルファは独占欲が強くて、得た相手を外に出したがらないという話は聞いたことがあるけれど。
そんな風に縛られる人生なんて考えられない。
「静夜も早く相手を見つけて欲しいんだけどな」
ぼそりと、彼は呟く。
「あの子、何人かと会わせたことあるけど全然興味なくって。
親としては心配だったんだよね」
心配だった、という言い回しが引っ掛かる。
「君、ご家族にアルファがいるの?」
「あ、はい。兄が、そうです」
「だから匂いがするんだね。アルファの匂いが」
アルファの匂い。
さすがに自分の匂いはよくわからないし、オミの匂いなんてなれてしまっているため尚更わからない。
甘い、チョコの匂いが漂ってくる。
焼き上がりを伝えるオーブンの音と共に、がちゃりとドアが開く音がした。
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