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動き出す

 意識がゆらゆらする。  誰かの声が耳の奥に響いている。誰の声だろうか。  女性の声のように思うが自信が持てない。 『アル』  複数の声が重なって聞こえる。  誰の声だっけ。  母親の声と、葵と、兄と、いろんな声が重なっているような気がする。 「アル?」 「え? あ、あれ?」  目を瞬かせて、あたりを見回す。  静夜の部屋の、ベッドの上に横たわっている。  リビングにいたはずなのに、なぜここにいるのだろう。  状況が把握できず、アルは身体を起こした。 「大丈夫か、アル。ぼうっとして」 「あ……俺、何でここ……」 「え? なんでって、気分悪いって言って、来たの覚えてねーの?」  不思議そうな声で、ベッド横に座る静夜が言う。  覚えてない。  記憶が途切れているのだろうか。  頭がぐらぐらする。  アルは首を振って、大丈夫、と小さく呻くように言った。 「大丈夫そうにはみえねーけど」  静夜がたちあがるのが気配でわかる。  彼はベッドにのると、そのままとん、とアルの身体をベッドに押し倒した。 「え? あ……静夜?」 「無理すんなよ。  顔色わりーじゃん」 「いや……ちょっと、頭がぐらつくだけだし」  乾いた声で応えると、彼は苦笑して、 「お前ってほんと、ほうっておけねーよな」  と、呟くように言い、頬を撫でる。 「アル……」  自分を誘う、柔らかいアルファの匂いが香る。  本能が目の前のアルファが欲しいと騒ぎ出す。  何が起きているのか処理できず、戸惑いながら自分に覆いかぶさる彼を見つめる。 「静夜……な、に考えてる?」  心臓が、耳元にでもあるかのように大きく音を立てて鼓動を繰り返している。   「色々考えたけど。俺、無理だアル」  熱を帯びた目をして、彼が言う。  何を言っているのか意味が分からないけれど、予感はある。  この状況と、最近の行動から考えられる答え。  それに思い至り、全身が熱くなっていく。 「せい、や……俺は、リンが……」  考えるよりも先に、言葉が滑りおちていく。 「好きなの、あの人の事」  その声に、冷たい響きを感じるのは気のせいか。 「それは……」  好きだ、とは言えない。  即答できずにいると、静夜は笑う。 「すぐ答えられないってことは、そうじゃないんじゃねーの」 「それは……」 「俺は、アルが欲しい」  言葉を遮られ、告げられた言葉に、心が揺れ動く。 「静夜、俺は……」  息がかかるほど近くに静夜の顔がある。  いいのだろうか、こんなこと考えて。  兄がいいと思っていたのに、発情期を迎えて、静夜とリンに抱かれて。  リンと結婚するのかと、漠然と考えていたのに。  静夜に求められるなんて思いもよらなかったし、そしてそれを嬉しいと思ってる。 「俺はだって……」 「あの人とは一緒に暮らしてるんだもんな。  次発情期きたら、お前、あの人に噛まれるかも知れねーんだぞ。  いいのか、それで」 「俺はまだそんなつもりはないよ」  それだけは否定できる。  自分だって回りと同じように上の学校にいきたいとは思っている。多くのオメガのように、進学も就職もせず、ただアルファに囲われるのはごめん被る。 「でも、うなじ噛まれて番になれば、お前は発情してもアルファに襲われねーぜ」 「そうだろうけど、俺は、番になるなら、思いあっての方がいい。俺の意思を無視してって言うのは嫌だ」  それは明確に否定できることだった。  リンは強引だ。  たぶん拒絶しても、彼はあらゆる手段を使い、自分を囲い込んでくるだろう。  運命に抗えるだろうか。 「俺、は……」  どうしたらいいのか考えられず、出す声は震えている。  手が、優しく頭を撫でる。  なぜこんなにドキドキするのだろうか。 「ごめん。  決められねーよな。  このところいろいろありすぎてるだろうし」  確かにいろいろありすぎて、処理しきれていないのは事実だ。 「アル……俺は、お前が欲しい……」  俺は、お前を諦める気なんてないから。  そう言って、彼は口づけてきた。  震える唇がを舐められ、徐々にほぐされていく。  まずい、流されていく。  アルファには抗えないのか、それとも、静夜に恋慕の気持ちがあるのだろうか。  それを認めたくない自分と、静夜が欲しいという自分がひしめき合い、わけがわからなくなってくる。 「ん……せい、や……」  キスの合間に、吐息が漏れ出る。  理性ではこのまま流されてはいけないとわかっているのに、本能は彼を求めている。 「んふ、ん……」  唇の隙間に舌が差し込まれ、口蓋を舐められ舌を絡め取られていく。  アルファの匂いに飲み込まれ、このまま与えられる快楽に沈んでいきそうだ。  けれど、そんな予想とは裏腹に、唇が離れ銀色の糸を引く。  それがとても淫靡に見え、身体が熱くなっていく。 「次の発情期に、お前は誰と過ごすの」  思いもよらない言葉にどう答えていいかわからなかった。  同じ家に住んでいる以上、リンに囲い込まれると思っていた。  けれど、今、目の前にいる静夜は瞬間移動ができる能力者だ。  たとえ、リンに家に閉じ込められようと、彼なら容易に外に連れ出せるだろう。  どう答えたらいいかわからず、視線が泳ぐ。  その反応を見た彼は、首を振り、送って行く、と小さく言った。

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