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 きらきら輝くイルミネーションの海を、アルは眩しく見つめた。  青に赤、黄色や白の光の海が、延々と続いている。 「アル」  兄の声に振り返ると、そこには小学生と思われる姿の兄が立っていた。  紺色のコートに、白いマフラー。茶色みがかった髪に、灰色がかった瞳。  昔は本当に似ていた。  背も大して変わらなかったはずだ。  これは何歳だろうか。  10歳くらいだろうか。  兄の後ろに、両親の姿が見える。  父と、母と。  両親共に異国の血がまじっていたらしく、アルにはそれが色濃く出てしまったらしい。  そういえば、母は青みがかった目をしていたきがするし、父は髪が赤みがかっていたように思う。  正直、事件の前のことは覚えていないことが多い。  そのあとのことでさえ、おぼろ気になることがある。  すべてを壊した爆弾事件。  あの時、もっと力があったら、兄に降り注いだガラス片を吹き飛ばせたのに。  心の中にある後悔は、いつまでも消えない。 「……み……」  自分の声にはっとして目を覚ます。  見慣れた天井に、寝慣れた布団の感触。  辺りを見回して、ここが自分の部屋であることを確認する。  いつの間にか戻ったのか、それともリンが運んだのか。そこははっきりしなかった。  体がだるい。特に下半身が。  動くと中からだらりと漏れ出るものがあることに気がつき、アルは唇を噛んだ。  いったい何度出されたのだろうか。  一週間以上間を開けたためか、何度も求められた気がする。  手錠までかけられて、玩具までいれられて。  何が気に入らなかったのだろうか。  オミの身に何かあったから?  たぶん聞いても兄は何も喋らないだろう。  兄は心配だが、その鬱憤をぶつけられるのは正直嫌だ。  時計をみると、時間は夜中の3時前だった。  この流れ出るものを何とかしたいと思い、着替えをもち部屋を出た。  風呂場へ向かう途中、トイレから兄が出てきた 「あ……」  眠そうな顔をした兄は、アルに気がつくとじっと顔を見つめてきた。  彼は、ふらふらとこちらへと歩み寄ってくる。 「ねーアル」  寝ぼけ眼の兄は、ぎゅっと抱きついてきて言った。  オミの匂いに混じり、リンの匂いが僅かにする。 「アルはリンがいいの?」 「え? いや……べつに……」  質問の意図がいまいちわからず、アルは戸惑った。  兄の顔をよく見るが、やはり眠そうで、意識がはっきりしてるとは思えなかった。 「違うならいいよ」  そう言って、兄は離れていく。  大きな欠伸をして、オミは目を擦る。 「お休み、アル」  そして、兄は手を振る。挨拶を返す間もなく、兄は自室へと戻っていった。  なんだあれは。  呆然と、閉まるドアを見つめる。  アルは首をかしげてからお風呂へと入っていった。  身体は怠かったけれど、それでも翌朝学校に行った。  てっきり兄は学校を休むかと思ったが、リンの勧めに耳を傾けず一緒に登校した。  話しかけても反応は薄く、車中では、兄はぼうっと外を見つめていた。  とりあえず誰か兄について知ってそうなやつを捕まえようと思い、アルは昼休みにオミと同じクラスの友人を中庭に呼び出した。  辺りにはほとんど人影はなく、木が繁っているため校舎からも目につきづらい。  ここならオミにみられないと思い、アルは友人の翔太郎に尋ねた。 「変わった様子? 元からじゃね」  と、翔太郎は笑って言う。 「それ、本気で言ってる?」  半眼でそう言うと、翔太郎は、やばい、という顔をする。 「いや、あの、待て。俺、そんなつもりじゃないから。  えーと。変わった様子……あんなだけど、当たり障りなく誰とでも話はするからな……あ、でも」  翔太郎は何かを思い出したらしく、あっ、という顔をする。 「夏目と話してるの、時々見るな。いや、それは前からか。なんか言い寄ってたみたいだし」 「前から本人が言ってたからそれは知ってるけど」 「そうだよなー。男が男に言い寄るって理解できないけど、あいつアルファだって言ってたしなあ……  まあ、だから変わったことなんてないよ」  そう言って、翔太郎は頭をかく。  アルファなら確かに男に言い寄っていてもおかしくないかもだが、それは相手がオメガだった場合だけじゃないだろうか。  あぁ、でも、静夜が色々いっていた気がする。  誰でもいいとかなんとか。  そうなると、オミも対象になるのだろうか。  ぐるぐると考えるが、正直理解できなかった。 「アルファっていえばさあ、アル」 「何」 「結局お前達って、どっちかがアルファでどっちかがオメガなの?」 「え?」  そんなこと、真正面から聞いてくる人間なんて、そうはいない。  普段ならベータだと言い張っただろう。  けれど、目の前にいるのはそこそこ付き合いの長い友人だ。  嘘をつくのもためらわれる。 「夏目が言い寄るってことはオミがオメガ?  でも、夏目男も女も関係ないってはなしだよなー」 「あ、あぁ、うん。性別はどうでもいいときいたけど」  それは、静夜が言っていた気がする。 「皆お前がアルファでオミがオメガだって言うけど。  誰がそんなこと言いだしたのかなって。  だって、アルファとオメガって1割とか言うけど実際そんなにいないじゃん?  数パーセントかそれ以下って話もあるし。すっげー少ない訳じゃない?  なのになんでお前らがオメガとかアルファって噂たつのかなって不思議だったんだよね」 「俺は何も言ったことないよ」  そもそも夏目のように大っぴらに話す方が珍しい。  まあ、アルファはある程度見た目でわかってしまうと言うし、隠すだけ無駄なのかもしれないけれど。 「翔は、気になるの」 「え、なにが」 「俺たちのこと」 「いいや。ただそんな噂何で流れてるんだろうって思ったってだけ。  俺にとってはふたりがなんの性別でもどうでもいいし」  どうでもいい、か。  翔太郎がアルたちの第2の性を知ったら何て言うだろうか。  流すだろうか。珍獣扱いしてくるだろうか? それとも。   「オメガとかアルファとか。数少ないから皆気になるんかな。ドラマや漫画でよく出てくるしな」 「あぁ、うん。そうだね」  アルファに溺愛されるオメガや、運命の番に会って、それまでの恋人と引き離されるオメガの話等。毎クール、2つ3つそういうストーリーのものがある、らしい。 「まあ、知ってるアルファとオメガの夫婦って仲良さそうだしな。  なんていうか、アルファがもうベタぼれって言うの? かいがいしいって言うか。できれば奥さん家からだしたくないとか言うし」  家からだしたくないは、単に執着心が強いからじゃないだろうか。  他人の目にふれさせたくもないというような。 「運命なんてあるとは思えないけど」  アルが呟くと、翔太郎は頷く。 「俺もそう思うけど、そういうのに憧れるってあるんじゃねー? 俺は想い合った相手ならそれでいいけど」  そう言って翔太郎は笑った。  結局兄に何があったのかはわからずじまいだ。  あのアルファと何かあったのだろうか。  纏っていたというアルファの匂いというのが気になるけれど、答えはどこにも見つからない。  ぼんやりと残りの授業を受けた。  先生の声は右から左へ流れていく。  教科によってはテストが返ってきていて、休み時間の度に普段とは違うざわめきが教室を包んでいた。  すべての授業が終わった放課後。  帰り仕度をしていると、静夜が話しかけてきた。  昨日の今日で正直恥ずかしく、兄のことですこし周りから話を聞いたりしていたため、全然彼とは話していなかった。 「23日は、暇?」 「23?」  12月23日といえば祝日だ。 「予定はないけど」  クリスマスのお祝いみたいなことは、義母が張り切って24日にやる予定だ。  リンがどこかいこうとか言っていた気もするが、具体的な話はしていない。  だから今のところ予定はなにもなかった。 「出掛けないか」  と言って、静夜は微笑む。  出掛けよう。というのは、友達同士の遊びにいこうというのとは、意図が違うだろう。  デート的な意味合いの方が強いのではないだろうか。  そう思い、心がざわめきだす。  考えすぎ? 昨日のことを考えたらそうじゃないだろう。  とは言え、予定はないと答えた以上、断るわけにもいかず、アルは頷いた。 「連れていきたい所があるから」  そう言って、静夜はほっとした表情を見せた。 「でも俺、あんまり遅くまで外いられないけど」 「あぁ、うん。わかってる」  5時には家に帰らないとリンがうるさい。 もう少し遅くならないかと思うが、たぶん許してはくれないだろう。 「休み時間、教室にいなかったけど、なんかあったの」 「え? いや、ちょっと」  それだけ言って黙ると、静夜は不思議そうな顔をしたが、追及はしてこなかった。

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