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呼ばれない

 23日に出掛けたい話をしたら、リンはにこりと笑い、いいよ、と言った。  てっきり嫌な顔をするかと思ったのに、兄が見ていたからなにも言わなかったのだろうか。  疑念は残るがそれを口にするわけにもいかず、黙って帰宅した。  家に帰り制服から着替えると、兄はこたつで寝てしまった。  どれだけ寝たら気が済むのだろうか。  正直呆れてしまう。  本人いわく、成長期だかららしいが、さすがに寝過ぎだと思う。  アルはひとり、音楽チャンネルをぼんやりと見つめてソファーに座っていた。  結局オミに何があったのかよくわからない。  事件があった日が近いからだろうか。毎年、今くらいの時期は体調を崩している気がする。  何かが焼ける匂いに、血の匂い。  自分に覆いかぶさった兄が、薄汚れた手で頬に触れて、にこっと微笑んで言った。 『よかった。君が無事で』  自分を守って怪我をした兄。  崩れる身体に、突き刺さるガラス片。   何度思い出しても、心に痛みが走る。  その後の記憶はない。気が付いたらすべてが終わっていた。 「アル」  完全に想い出の中に沈み、痛みに思わず胸を抑えたときだった。  不意に背中から抱き締められ、アルファの匂いに包まれる。 「リ、ン……」  彼の匂いのせいだろうか。徐々に痛みがひいていく。 「デート、どうする?」  耳元で囁かれ、身体の奥底が熱くなる。 「デートって……」 「俺は本気なんだけどな」  そう囁き、リンはぺろりと耳を舐めた。 「ん……」 「25日かな。終業式の日でもいいけど」  デートなんてしたいだろうか。でもオミがいる。彼をひとりにしたくないし、そもそもオミを差し置いてアルとリンが出かけるとか、今までしたことないのだ。不自然すぎる。 「……で、も、オミが……」  息をあげながらなんとかそう言うと、 「あぁうん、そうだね」  と言って、リンは離れていく。 「アルは、オミと一緒がいいの?」  そう声をかけられ、アルは振り返った。  どういう意図で聞いているのか、リンの表情からは読み取れなかった。  戸惑っていると、考えといて、とだけ言って、リンはキッチンへと消えていった。    夜の12時を回っていると言うのに、リンに呼ばれない。  何で呼ばれないのだろう。  そう思うと不安に襲われる。  毎日のように誰かを抱いてないと気がすなないだろうに、リンはなぜ呼んでくれないもだろうか。  いやでも、これじゃあ期待しているみたいだ。  そんな訳じゃないのに。  抱いてほしい? そんなわけ……  アルは何度目かの寝返りをうつ。  スマートフォンは一向にならない。それが不安で仕方なかった。  何があったのだろう? わけがわからない。  トイレにいこう。  そう思い、アルはベッドから立ち上がった。  兄を起こさないように、そっと扉を開けて、そっと扉を閉める。  リンの部屋にいく? さすがにそんなことしたくない。  トイレからでて、自分の隣りの部屋のドアがわずかに開いていることに気がつく。  兄の部屋だ。僅かに光が漏れている。起きているのだろうか。彼がこの時間に起きているのは珍しい。  また発作だろうか。そう思うと、胸に痛みが走る。  いけないとは思いながら、アルはそっと中を覗いた。  布団に横たわる兄に、リンが覆い被さっている。  それだけならある意味見慣れた光景だけれど、オミがリンの首に腕を絡めているのは初めて見た。と思う。  唇が触れそうなほど顔を近づけている。その光景に、心臓が鷲掴みにされるような感覚を覚え、アルは胸を押さえた。 「……僕じゃ、駄目なの」  とオミが言う。  僕じゃってどういうことだろうか。  心臓が、どくん、と大きな音を立てる。  このまま見ていてはいけない気がする。  そう思い、ドアからそっと離れた。  なにが起きておるのだろうか。  オミが呼んだのだろうか。それともリンが押し掛けていったのか。  どっちにしろ、なぜリンはアルを呼ばない?  デートしようとか言ったくせに。  ひとりの部屋に戻り、アルはスマートフォンを手にした。  先ほど見た光景が脳裏に焼き付いて消えない。 「なん、で……」  声が震える。  僕じゃ駄目なのってどう言う意味?  オミはリンが好きなのか? リンはオミが好きなのは確かだけれど。  なんでこんなに振り回されるのだろう。自分でもよくわからない。  静夜の名前を表示させ、震える手で、メッセージを打ち込んだ。 『起きてる?』  返事はすぐに返ってきた。 『どうした』 『どうしたって訳じゃないんだけど』 『そっちいこうか』  その返事をみて、アルは固まった。深く考えてメッセージを送ったわけではなかった。誰でもいいからすがりたいと思ったのだが。  相手は静夜だ。彼ならすぐにここに来られるだろう。  けれど来てと言っていいのだろうか。リンに呼ばれず、それどころかオミとリンが抱き合っているのを見てショックを受けているなんて、そんなこと言えるわけがない。   迷っていると、頭を撫でる手に気がついた。  顔をあげると、暗闇の中に静夜の姿があった。 「大丈夫か」 「静夜……」  彼の名前を口にした瞬間、頬を涙が伝う。 「アル?」  なぜ涙が出るのかよくわからなかった。  兄がリンにあんなことを言っていたからだろうか。それとも、リンに呼ばれないからだろうか。  たぶん両方だ。  想像以上にショックな光景だったのだろう。  大事だとか、デートいこうとか言っているのに。リンはなんで……オミとあんなことを。結局リンはオミが一番なんだろうか。  考えれば考えるほど、胸が締め付けられる。 「俺……」 「アル」  涙を、静夜の指が拭う。 「一緒にいるから」  そう言って、彼はベッドの横に座った。  アルは静夜の首に腕を絡め、彼の身体を抱き寄せた。 「アル……?」  戸惑ったような声が、耳元で聞こえる。 「静夜……」  顔が近付き、どちらともなく口付けた。  触れるだけのキスを繰り返し、徐々に深くなっていく。  舌が絡まり、吸われ口蓋を舐め回される。それを抵抗せず、アルは受け入れた。むしろ自分から舌をだし、舌を吸いかえす。  静かな部屋に、舌が絡まりあうびちゃびちゃと言う音が大きく響いている。 「アル、このままだと俺……」  口が離れたとき、切なげな瞳で静夜が言う。  彼は首を振り、アルに覆い被さった。 「アル……」  また、唇が重なる。  このまま抱かれるのだろうか。  リンに抱かれないならそれでもいいと、ぼんやりと考えたが予想に反し唇が離れていく。 「寝よう、アル」  そして、静夜は布団の中に潜り込んできた。  アルファの匂いが優しく包み込む。  不安だった気持ちが徐々に和らいでいく。  アルは、静夜に抱き締められたまま眠りへとおちていった。

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