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知りたかったこと

 乱雑に本が散らかる兄の部屋。  谷崎潤一郎やラヴクラフト全集、ライトノベルとジャンルはめちゃくちゃな文庫本が本棚のそとに何冊も置かれている。  出したら出しっぱなしにしてしまう習性らしく、本棚に隙間は充分あるというのにしまおうとしない。  兄はローソファーに座り、音楽をかけながら本を読んでいた。  音楽は洋楽ロックだろう。かなり激しい音楽が流れている。  オミは顔を上げると、小さく首をかしげ、 「どうしたの」  と言った。 「ごはんたべた?」  その問いかけに、アルは首を横に振る。 「気になったから」 「何が」  言いながら、兄はソファーの横に本を置く。  オミの前にしゃがみ込み、まっすぐに兄の目を見る。  灰色がかった瞳に、自分はどう映っているのだろう。 「オミは知ってたの、ずっと」 「何を?」 「……俺がオメガであるということ」  すると、オミは目を瞬かせた。  困惑? 驚き? そんな感情が入り混じった複雑な表情を浮かべている。 「……理人と葵が話してるの、聞いたから知ってた」  っていうことは、だいぶ前から知っていたということだろうか。 「匂いはよくわからないけど。  っていうか、兄弟でもオメガの匂いってわかるのかな。  あの……理人たちの家に、僕、1週間いかされていたのってアルの発情期だったんでしょ?  普段と少し匂いが違う気がしたから。それは気が付いたけど……。  でも、僕は何も言われていないから、知らないふりしてた」 「知らないふり……?」 「うん。  アル、言いたくないのかと思ったから。言いたくなったら言うでしょ。  なんで隠したいのか、僕にはわからなかったけど。でも、言いたくない理由があるんだろうって思ったから。でも、どうしたの。急に」 「俺が知りたいのは、なんでオミは、そんな風に髪を伸ばして、オメガみたいに振舞うのかだよ」 「それは……」  そう呟いて、オミは視線をそらす。 「だって意味が分からないよ。  俺がアルファに勘違いされて、オミがオメガって思われて。  オメガに勘違いされていいことなんて……」  そこまで言って、はっとする。 「……俺の為? 俺に注目がいかないようにするため?」 「僕は、男にしては背が高くないし。  見た目も見た目だから、髪を伸ばしたらオメガっぽいからね。  身長は伸びるのが遅いだけみたいだけど。  それに、アルはオメガっぽくないから。  これなら騙せると思った」 「だませるって誰を」 「周りの人全員。  オメガって事件に巻き込まれやすいし、興味本位で襲われたりって事件たまに起こるから」 「だからってなんで……」 「僕ならこの町から連れ出されても逃げられるもの。  だけど、アルは違うじゃない。  この町から出たら、力を失うじゃない」  この町の住人は、ある程度住めば、皆ちょっとした超能力を使えるようになる。  その中にわずかだが、強力な力を身につける者がいる。  けれど、いくら超能力が使えてもそれはこの町にいる間だけだ。  外に出たらそんな力は使えなくなってしまう。  けれど、ごくわずかに、この町を出ても力を失わない者がいる。  オミがそうだ。  オミはこの町を出ても、強力な力を維持できる。  だからオミはこの町から容易に出ることは許されないし、リン、という護衛と言う名の監視がつけられている。 「だからってなんで。そんなこと……」 「ただ、僕はアルを守りたいから。  僕には、君しかいないから」  兄の手が伸びてきて、頬に触れる。 「2年前のこと、気になってるみたいだけど。  あれも結局、彼らは僕をオメガだと勘違いしていたんだよね。  噂、流れていたようだし」  どくん……と心臓が音を立てる。 「連れ去られたけど。次の日には逃げたから。  マンションなのか、一軒家なのかなかなかわからなくて時間はかかったけど。  マンションだったら、他の関係ない人を巻き込んじゃうからさ」  淡々と、兄は語る。  嫌だ。聞きたくないと、頭の中で警報が鳴り響く。 「アルじゃなくてよかった。  発情期しか妊娠しないとはいえ、無理やりあんなことされたら傷ついちゃうし」 「……オミ……?」  それってつまり。  連れ去られて、レイプされたって事? アルファなのに?  アルの混乱などよそに、オミは淡々と語る。 「別に、僕は大丈夫だよ。  まあ……後遺症はあるけど。オメガがわからなかったり、発情期のオメガを目の前にしても、何も感じなかったり」   「それ、そんな淡々と喋る内容なの。  なんでそれでも髪切らないの?」 「僕は君を守りたいだけだよ」 「そんな……俺は……」 「オメガはアルファに庇護される。  普通じゃないかな。たぶん」  それは町の外での話だろう。  アルは違う。アルならもっている力で抵抗できる。  兄を守ることだってできるのに。 「なんで連れ去られてとき、すぐに力使わなかったの」 「あんな街中の、人の多い中で使えるわけないじゃない。  僕の力は炎だよ。  人死に出るよ」  だから抵抗せず、連れ去られて、揚句レイプまでされた? 「犯人は……」 「捕まった。らしいよ」 「俺は……オミを守れないの」 「僕は守られる立場じゃないよ」 「でも……俺がリンと……結婚したらオミは……」  ひとりになってしまう。という言葉は、オミによってさえぎられてしまった。 「アルはリンがいいの?」  驚きを含んだ声でオミは言う。  そう言われるとどう答えていいかわからず視線が泳いでしまう。  オミは不思議そうな顔をして、 「てっきりリンは嫌なのかと思ってたけど。違うの?」  と言った。 「それは……」  嫌とまでは思っていないけれど、リンがいいかと言われたら違うと思う。  どうしても、静夜の存在が頭をちらつく。いや、それ以上に一番は目の前にいる兄だけれど、そんなの許されるはずもない。 「静夜がいいのかと思ったけど。どうなの?」 「どうなのっていわれても……俺は……」 「発情期どうするの? リンと過ごすの? そんなことしたら、リンに噛まれると思うけど」 「そんな覚悟できてない」  噛まれたら、番として一生離れられなくなってしまう。  同意もなしで噛むなんてこと、リンがするだろうか。  そこは正直想像がつかない。 「嫌なら嫌と、はっきり言えばいいのに。って思うけど、無理なのかな。  僕にはよくわからないけど。  アルファのフェロモンには逆らえないのか」  その通りだ。  オメガである以上、アルファのフェロモンで簡単に絡め取られてしまうのだ。  アルの意思など無視して。 「ねえ、アル」  オミの顔が、すぐそこに近づいてくる。   「アルなら、大丈夫かな」 「え? 何が」  ほのかに、アルファの匂いがオミの身体から香ってくる。 「去年、オメガに襲われたとき気持ち悪くて仕方なかったんだ。  吐いて吐いて。はきまくって。  でも、アルなら大丈夫かなって思うんだ」 「オミ、何言って……」 「ねえ、アル」  いつになく甘い声で、オミが名前を呼ぶ。  目の色が違う。  そう思ったのは気のせいだろうか。 「どうして僕らは兄弟なんだろう」  甘かった声は、切ない色を帯び耳のおくまで響いていく。  オミの言葉の意味を、アルは深く考えることなんてできなかった。

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