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君と君の狭間

 リンが自分の部屋で煙草を吸っていたら、ベッドを占領した紫音に文句を言われた。  それでも気にせず、リンは紫煙を吐きだす。  煙草が嫌ならばリンの部屋で寝なければいいのにと言ってみたが、 「だって、お前のベッド大きいし」  と言って、布団にくるまっている。  アルの不安を吸い取ったせいか、彼はずっとこんな調子でぐだぐだしている。  何がアルを不安にさせたのか、だめもとで聞いてみたが、紫音は口を割らなかった。  年末のせいか。  それとも別の要因か。  どうもいろいろなことが立て続けに起きる。  去年は、オメガにオミが襲われた以外に、特に何も起きなかった。  年末になるとオミのほうは不調になるが、アルは体の変調を訴えることはあまりなかった。  発情期を迎えたせいか、どうも不安定なことが多い。  オミに何があったのか気にしていたが、そんなこと忘れたままでいいだろうに。  いや、そもそも何があったのか、なんていうのは具体的に彼は知らないはずだ。  2年前にオミは連れ去られた。  そして1日で自分で逃げ出し帰ってきた。  いなくなって帰ってくるまで10数時間ほどだ。  そこでどんな目にあったかは大人たちの秘密にされた。  彼は知る必要はないと。不安に苛まれ、力を暴走させかけたアルの記憶を紫音が吸い取ったおかげで、あの時のことを彼はほぼ覚えていないはずだった。  思考を遮るようにスマートフォンが震え、メッセージの受信を告げる。 『アルが倒れた』  という内容がオミから来た。 「紫音」 「なんだよ」 「アルが倒れたって」  言いながら、リンは煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。  匂いに鈍感なオミにまで煙草くさいと文句を言われそうだけれど、それどころではないだろう。 「……って、オミの部屋にいるの、あいつ?」 「たぶんね」  そうでなければ、オミはアルが倒れたと言ってはこないだろう。  少なくとも、アルの部屋ではないだろう。 「オミってさあ。  自分に起きたことは淡々と、他人ごとみたいに喋るよな」 「そうだね」 「オミは、アルに全部喋るかな」  なにを。  と言う言葉を、リンは飲み込む。  2年前のことは、リン自身もあまり思い出したくはない。  なんで急にアルは2年前のことに言及するようになってしまったのか。  発情期を迎えたせいだろうか。  別の要因もあるかもしれないけれど、そこまでリンにはわからない。  部屋を出て、オミの部屋に向かう。  あいたままのドアからのぞくと、オミはローソファーに座り、アルを抱きかかえている。 「何があったの」  言いながら近づいて、ソファーのそばでしゃがみこむ。  オミは青白い顔で首を横に振った。 「ごめん……僕……アルをお願い」  そう言って、アルの身体をリンに渡すとオミは立ち上がり部屋を出ていってしまった。  しばらくして、嗚咽する声が聞こえる。  トイレで吐いているらしい。  最近よく吐くので理由を聞いたけれどオミは何もしゃべってはくれない。 「……うか?」  何を言ったかまではわからないが、紫音の声が聞こえてくる。  オミの声が続けて聞こえるが、弱々しく聞き取れなかった。  とりあえず、この子を部屋まで運ばなければ。  そう思い、アルを抱きかかえたままリンは立ち上がった。  アルをベッドに寝かせて彼の部屋を出て、リビングへと向かう。  足音から、オミと紫音はこちらにいるだろうと思ってのことだが、やはりふたりはリビングにいた。  こたつに座るオミと、ソファーに寝転がる紫音。   「……最近多くね? お前」 「まあ……うん……」  と言って、オミは曖昧に頷く。 「理由なんてわかってるけど。でも僕には何が最善なのかわからないし」  そう言って、オミはゴロンと寝転がり、入り口付近に立つリンを見上げた。 「アル、寝てるの?」 「うん。とりあえず、紫音。見てきてほしいんだけど」 「言われなくても行くっての」  言いながら、紫音はソファーから立ち上がりリビングを出て行った。  また吸い取るだろうか。  紫音の能力は恐怖や不安にしか効果はない。  そんな記憶を失ったからといって困ることはないとは思うけれど。  記憶を吸いとられたと知った相手は何を思うのだろう。  「ねえ、リン。  僕はおかしいのかな」  思考を遮る、オミの声。  彼は相変わらず寝転がりこちらを見上げている。  リンは彼の横に座り、何がと問いかけた。 「僕は……オメガはわからないのに、アルだけはわかるんだ。  アルなら何しても平気なのに。他のオメガは気持ち悪くて仕方ない。  発情したオメガに追いかけられた時はほんと怖かった」  去年の夏、家の近所であった町の小さな祭りでの出来事だった。  そこでオミは、発情したオメガに遭遇してしまった。  たぶん初めて発情を迎えたらしい高校生くらいの少年にオミは捕まったが、すぐに紫音が気がつき引き剥がした。  そのまま病院に連れて行ったと聞いた。  発情した状態で外を歩いていたら危険でしかない。  多くのベータには、オメガのフェロモンは効果はないけれど、発情したオメガに興味を持つ者はいる。  好奇心からオメガを襲う者は存在するし、そう言う事件は稀だが起きる。  放っておくわけにもいかなかったけれど、あの一件以来オミはほんとうに外に出なくなってしまった。   「初めての発情は、いつくるか本人もわからないからね」  お陰でアルの初めては彼の友人に奪われてしまった。  それは今でも悔やまれる。  閉じ込めておくわけにはいかないのだから仕方ないけれど。  心の奥底にふつふつと沸き上がる嫉妬に、思わず苦笑する。 「どうしたの?」  オミの声に、思考が現実に引き戻される。  彼は上半身を起こし、こちらを不思議そうな目をして見つめている。 「なんでもないよ」 「なんか、リンも変だよね。  リンはアルと結婚したいの?」  直球な質問に、目を瞬かせてオミを見つめる。 「だって、リンてアルファでしょう? の割に僕にやたら絡んでくるけど。  アルのこと、どう思ってるの」  こんなことを言い出すなんて、この子は何を考えているのだろうか。  先日、呼ばれたと思ったら眠れないと訴えられ、あげく、 「アルとは寝てるんでしょ? 僕じゃダメなの?」  などと言い出した。  そのうらにどんな意味が隠れているかくらいわかる。  けれどオミがそんなことを言い出す理由がわからなかった。  片想いし続けきた相手に、寝間着姿で抱きつかれて理性が揺らがないはずがない。  それでもオミを抱くことなどできず、さっさと寝るようにつげ、オミから離れた。  抱きたくない訳じゃない。  できるなら外に出したくないし、ずっとそばに置いておきたい。  オミはアルファであり、強い超能力者だ。  強すぎる故に、国に監視されこの町から自由に出られない。  たぶん、オミは結婚も自由にならないだろう。  アルファであるリンがどうこうできる相手ではない。  だから少しでもそばにいられるよう、アルを番にと望んだ。   「俺は、アルを噛むつもりだよ」  発情期にアルファがオメガのうなじを噛めば、番となり、オメガは不特定のアルファを誘惑するフェロモンをださなくなる。  オミは、そうなんだ、と呟きまた寝転がる。  何かを考え込むような素振りはなく、無表情に天井を見つめている。 「アルは、それをのぞんでるの?」  それについてはなにも答えられなかった。  本人の承諾を得て、番にしたいがどうなるか。  アルは揺れ動いているようだし。  あの友人の存在は大きい。 「オミは、俺が義兄じゃ嫌?」  ふざけた口調で問いかけると、オミは、 「それは……」  と口ごもってしまう。  首を横に振り、 「まだ考えられないよ。でも、葵は死ぬほど嫌じゃないかな」  たしかにふたりの義母である葵は嫌がっている。  アルが望むなら仕方ないとこの間言われたが、 「まだ孫はいいんだからね!」  などとも言われた。  オミはリンに背中を向けて、 「なんで僕たちは、双子なんだろう」  と、小さく呟く。  普通のアルファなら、兄弟のフェロモンに左右されないだろうに。  オミもアルも、互いのフェロモンに敏感に反応してしまう。  トラウマのせいだろうと医者は言う。  アルを番にしたら、この子は何を思うのだろうか? 「おなかすいた」  と、オミが言う。  彼はじっと、こちらを見つめている。 「え?」  今までの会話などまるでなかったことのように、緊張感のない声で彼はもう一度言った。 「おなかすいた。  なにかある?」 「パン……ならあるから、サンドウィッチつくろうか?」  と尋ねると、オミは頷いた。 

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