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クリスマスに君と
23日のお昼過ぎ。
市立科学館はとても混雑していた。
そもそも祝日である。
子供連れも多いが、プラネタリウム目的のカップルの姿も多かった。
静夜がアルと来たかったのはプラネタリウムらしい。
クリスマス特別企画だとかで、音楽の演奏と共に星の案内をするらしい。
前売りチケットを買っていたという静夜に連れられて、開場とともに中に入る。
プラネタリウムなんて何年ぶりだろう。
子供の頃、学校の課外学習で来たきりではないだろうか。
「このあと、ケーキ食べに行こうぜ」
と、静夜が微笑んで言う。
「ケーキ?」
「あぁ。ここの近くのカフェに行きたいと思ってる」
ろくに店を知らないアルには、色々計画をたててくれる静夜はありがたかった。
自分に執着する割には出かけるのを許してくれたリンが、正直理解できない。今はただ自由にさせているだけだろうか。愛しているという癖に、兄への執着が垣間見える。
いっそのこと、リンと兄がくっつけばいいのにと思うけれど、兄を彼に取られたくはない。
けれどそうなると自分がリンに囲い込まれるのだろうか?
考えると複雑でしかない。
「アル?」
「え、あ、何?」
「夕方には帰るんだよな」
「あぁ、うん。
俺、門限あるし。リンが……」
と言って、アルは言葉を飲み込む。
静夜の表情が一瞬険しくなったように見えた。
「アル。
俺は、本気だから」
「え……」
ビー、と、開演の合図が鳴り響く。
それと共に注意事項のアナウンスが流れ、プラネタリウム内を暗闇がつつんだ。
背もたれが倒れ、音楽が流れ始める。
肘おきに置いた左手が、静夜の手に触れる。
静夜がその手を握りしめてくるのに、アルは戸惑いを感じたけれど、迷った末に彼の手を握り返した。
30分ほどで上映と演奏が終わり、明かりが灯る。
なんだか夢でも見ていたような、現実味のないふわふわした感覚がする。
「綺麗だったな」
静夜が呟いてたち上がる。
「うん、そうだね」
周りの人々は口々に感想を話しながらたち上がり出口へと向かって行く。
「アル」
先にたちあがった静夜が手を差し出してくる。
戸惑いながらその手を掴み、アルは立ち上がった。
「行こう」
「うん」
プラネタリウムを出ると、時間は2時を回っていた。
おやつには少し早いけれど、あまり時間もないということで、科学館を後にしてカフェに向かう。
時折吹く風は冷たく、ふたりの間を吹き抜けていく。
すれ違うカップルたちは皆、寄り添い幸せそうに手をつないだり腕を組んでいる。
アルはちらりと静夜を見た。
ふたりは身長差があまりない。
オメガはあまり大きくならない者が多いというけれど、アルはかなり背が高くなってしまった。
だから誰も自分をオメガと思わない。
静夜の手が、自分の手に伸びてくる。
「ほら」
と言って、静夜は手を掴んだ。
その手を振り払うことなどできず、アルは静夜を見つめる。
「お前、はぐれそうだから」
「はぐれたらスマホがあるじゃない」
「そうだけど。
この方がいいだろ」
と言い、再び歩き出した。
心がざわめく。
自分はどうしたいんだろう。
リンと静夜と。
できるなら兄を護りたい。なのにそれは叶うことはできない。
心が痛い。
兄を置いて、自分だけが幸せを求めていいのだろうか。
アルが静夜とリン、どちらを選んだとしても、兄は自分を失うことになる。
いいのだろうかそれで。
「アル、どうした? 顔が暗い」
立ち止まり、静夜が顔を覗き込んでくる。
それにアルは首を振る。
「大丈夫だから」
と言うけれど、たぶん信じてはいないだろう。
「体調悪いならケーキやめて、うちに来るか?」
「いや……それは……」
静夜の家は、どうしても抱かれたときのことを思い出してしまう。
「いろいろあって、俺、いろいろ考えすぎてわけわかんなくなってきた」
そう言葉が滑り落ちていく。
「お前は、お前が幸せになることだけを考えちゃ、ダメなの」
「え……」
驚いて、静夜をじっと見つめる。
自分の幸せってなんだろうか。
「お前、オミのことばっか考えてねー?」
「それは、だって、兄だし……」
「あいつはそれを望んでないだろう」
「なんで……」
「俺にはあいつの考えることが理解できねーけど。
自分を犠牲にしてまでお前を守ろうとしているのはわかるからな。
じゃなくちゃ、オメガに成りすますなんて酔狂なことしねーだろう」
先日のオミとの会話が頭をよぎる。
アルを守るために、兄だけが傷ついてきたという現実は重い。
「俺は……」
「アル」
言葉と共に、周囲の風景が歪む。
どうやら、静夜の家に転移したらしい。
見覚えのある玄関だ。
静夜は後ろからアルを抱き締めると言った。
「俺じゃダメなのか」
耳元で囁くなんて卑怯だ。
「ん……だって、俺には、リンが……」
呟いて、ずきん、と心が痛む。
リンのことは嫌いじゃないが、どうしても兄の事が頭をよぎる。
「お前はあの人がいいの?」
言いながら、静夜はアルの耳たぶをはむ。
「あ……」
「アル、俺はお前が欲しい」
「だ、め……だって……あん……」
耳を執拗に舐め回され、くちゅくちゅと耳に響く。
「こんな、所で……あ……」
ここは玄関だ。
こんなところ見られるのは嫌だ。
「大丈夫。
両親はデートでいないから」
「あ……静夜……」
首に巻いていたマフラーがとられ、キスマークが残る首筋をぺろりと舐められる。
「ふ……あ……」
「すごい痕……アル、あの人に毎日抱かれてるの」
声に嫉妬の色を感じ、背中がゾクゾクとする。
「それは……だって……アルファのフェロモンに俺は……」
「逆らえないよな。
発情期じゃなくても、アルファの匂いに抵抗なんてオメガができるわけがない」
言葉と共に、静夜から匂いが漂ってくる。
これはアルファのフェロモンだ。ということは、このまま静夜は自分を抱くつもりだろうか。
「こんなことしたらあの人と同じだな、俺」
自嘲気味に言い、それでも静夜は首への口づけをやめなかった。
「あう……だめだって……せいやぁ」
拒絶の言葉なのに、声はとても甘く切なく響く。
静夜はアルを振り向かせると、唇を重ねてきた。
強引に舌が割って入り、舌が口の中を蹂躙していく。
「ん……」
左手が頭を押さえつけ、右手がアルの尻を撫でまわす。
その意図に気が付くけれど、匂いに頭がぼんやりとして抵抗はできなかった。
「……ん……静夜……」
唇が離れたとき、うっとりと彼を見つめる。
静夜の目が、獣のようなぎらぎらとした目に見えるのは気のせいだろうか。
「抱きたい、アル。
お前があの人に抱かれていると思うと、俺は耐えられない」
「けど……俺は……」
「アル。俺じゃ、だめなのか」
切ない声で言われ、アルは言葉に詰まった。
心がざわめく。
このまま彼に抱かれていいのだろうか?
自分は静夜をどう思っているのだろうか?
嫌だと思っていたら、そもそも今日一緒に出掛けなどしないだろう。
そうだ。
自分は彼に惹かれている。
リンに翻弄されながらも、静夜に確実に惹かれている。
けれどそれを認めていいのだろうか?
リンにあんなに抱かれているのに。
「静夜……俺は……」
「アル、好きだ」
囁かれ、耳を舐めまわされていく。
「ん……静夜、俺だって……」
言おうとした言葉は、口づけに飲み込まれてしまう。
アルは彼にしがみ付き、自分からも舌を出して静夜を受け入れた。
唇が離れたとき、視線が絡み合う。
「あとでゆっくりと聞かせてもらう」
これから何が起きるのか、考えるだけで体中が熱くなっていった。
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