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休日に君と過ごす
クラシックの流れるリビングで、リンはひとりぼんやりと窓の外を眺めていた。
かけている音楽は、クリスマスにまつわるクラシックを集めたCDだ。
アルが出かけ、オミはソファーで眠っている。
寝るなら部屋で寝るように伝えたけれど、本人はうーん、と生返事をしたあとしばらくして寝息をたてはじめてしまった。
アルはきっと、彼と……そう思うと心の中にふつふつとわき上がる感情がある。
自分も嫉妬するのかとひとり自嘲する。
何人もの男女と関係を持ってきたけれど、誰にも嫉妬などしたことなかった。
それはそうだ。
皆、あの子の身代わりでしかなかったのだから。
「あ……」
眠っていたはずのオミが、そう声を上げてむくりと起き上がる。
哀しげな瞳でこちらを見つめていることに気が付き、リンは立ち上がり彼のもとに近づいた。
「大丈夫?」
声をかけて、オミの隣に腰かける。
彼は何も言わず、リンに抱き着いてくる。
怖い夢でも見たのだろうか、それとも別の理由だろうか。
「オミ?」
内心戸惑いつつ、オミの背に手を回す。
そして背中を撫でると、彼は小さく言った。
「……アルが……」
「彼が、どうしたの」
オミは黙ってしまい、何も言わない。
双子の為か、互いに離れていても影響しあうことがあるらしい。
この町特有の事情のせいかもしれないが、昔は離れていても互いに何をしているのかわかる、とか言っていたことがある。
アルが今どうしているのか、オミにはわかったのだろうか。
黙っているということは、アルは今きっと……
リンはオミを抱きしめ、静かに言った。
「別に、俺はアルが彼と何かしていたとしても驚きはしないよ。
恋人にってちゃんとなっているわけでもないし、婚約しているわけでもないし」
「……でも、リンはアルがいいんでしょ?」
オミがじっと、リンの瞳を見つめる。
灰色がかった黒い瞳に、リンの戸惑ったかをが映って見える。
オミはいったい何を考えているのだろうか。
「オミ?」
「アルはきっと……リンを……」
そして、また黙ってしまう。
いくら自分がアルを欲しいと思っても、決めるのはアル自身だ。
無理矢理番にする気はもとよりない。できれば自分に溺れさせたかったけれど、どうもそうはいかないらしい。
ならば自分はどうする?
自分を偽るのを、やめるときだろうか。
そして、彼も。
「ねえ、オミ」
「何?」
「弟の為に傷だらけにならなくてもいいんだよ」
すると、オミは首を横に振り、
「やめ……やだ……」
と震えた声で言う。
オミは、弟を守るためだけに自分をオメガと偽り、傷だらけになってきた。
そして最近も、弟が静夜を選ぶのならとわざとリンを誘惑してきた。
でもそれは弟の為だけだろうか?
そもそもレイプされ、性的なことにはかなりの抵抗があるはずである。
実際思い出して吐くこともあるのだから。
なのになぜ、自分を誘惑してきたのだろうか。
認めてはいけないと思っていた、ひとつの答え。
「そんなことしなくてもいいって、わかってるでしょ?」
「やめ……リン……」
「オミはどうするの。
アルが、相手を見つけたら君はどうするの」
「う……あ……」
「同じアルファなのにね。
最初から、俺は認めていればよかったのかな」
「やめて、言わないで……僕は……」
両手で耳を抑え、身体を震わせるオミをきつく抱きしめ、リンは言葉を重ねた。
「アルは、確実に君から離れていく。
そうしたらオミは、どうするのかって俺、考えようとしていなかった」
「だめ、だって……」
「絶対に、一緒にはずっといられないからね、俺たちは。
君も、俺も、きっとオメガを与えられるだろうね。
でも俺は君たち以外に興味なんてないし」
自分の行為は、無為にオミを傷つけただけだろうか。
オミから弟を奪おうとした。
決してオミは手に入る存在ではない。
なんといってもアルファだ。
しかも、強い力を持つ能力者である。
国に監視され、その血を確実に残すことを義務付けられている。
そんなオミを、アルファである自分が好きにできるわけがない。
リンにアルがあてがわれたように、オミもいずれオメガをあてがわれることだろう。
もしかしたら、アルがそうだったのかもしれない。
昔は近親でもアルファとオメガなら子供をつくらせたという話がある。
しかも能力者であるなら、近親同士のほうがその血は色濃くなり、より確実に力を受け継がれるという説が存在する。
狂った考えだが、人口減少に伴う強力な能力者の減少は確実に起きている。
強力な能力者を増やしたいのなら、近親でも容赦なく子供をつくらせるかもしれない。
実際オミは、アル以外のオメガがわからないのだから。
オミは耳を抑えたまま、涙を流す。
「やめて、リン……僕は、僕は……アルの、兄で……いたいんだから」
嗚咽を漏らしながら、オミは消え入る声で言った。
「あぁ、そうだね」
オミはきっと、アルが欲しいのだろう。
けれど弟を守る、という思いの方が強く、自分の感情と相反する行動をとり続けてきたのだろうと思う。
「ねえ、オミ。
俺が君を守るんじゃ、だめなの?」
その問いかけに、オミは何も答えなかった。
ヘンデルの「ハレルヤコーラス」が室内に響き渡る。
キリスト教主義の学校だったので、この歌を歌ったことがあるし、歌詞も知っていた。
「神様はなんで、俺たちを普通の人間にしなかったんだろう」
「リン……?」
耳から手を離し、腫れた目でオミがこちらを見る。
リンは微笑み、彼の頭にそっと触れて言った。
「ねえオミ、俺は君を守るから。
もう、自分から傷つくようなことしないでほしい」
「リ、ン……」
震える声で自分の名を紡ぐオミの唇に、そっと唇を重ねた。
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