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友と兄と
六年一貫教育の進学校。
それがアルたちが通う学園だった。
この学園に、アルファとオメガはどれくらいいるのだろうか。
人口の数パーセントと言うから、1学年に2,3人というところだろうか。ということは、アル以外にふたり程度オメガがいて、兄以外にもアルファがいるということになる。
アルは、他にオメガがいるかどうか知らない。
アルファもオメガも、口外したりしないからだ。兄はさらりと、自分にアルファであることを告げた。
だからといって、アルはどうかということは聞いてこない。
もしかしたら気が付いているのかもしれない。けれど、鈍感を体現したような兄である。
おまけに周りに関心がないので、アルの第二の性について気が付いていないかもしれない。
この町には、他とは違う特殊な事情がある。
この町にある程度住めば、超能力を使えるようになる。
一般的には、生活がすこし便利になるレベルのものだが、中には強い力を持つ者もいる。
それこそ、世界を変えてしまう恐れのある力を持つ者も存在する。
だから移住したがる人間は多いが、この町は壁に囲まれ出入りを制限されていた。
でるのはたやすいが、入るのは難しい。
それがこの壁に囲まれた町だった。
学園の朝は礼拝から始まる。
けだるく礼拝の時間を過ごし、アルは外を見る。
あれはうろこ雲と言うのだろうか。いくつもの細かい雲が、青い空に散らばっている。
風があるのだろう。流れが早い。
「超眠そう」
横から聞こえた声に、思わずハッとする。
振り向けば、クラスメイトで数少ない友人の桜葉静夜(さくらば せいや)だった。
彼の言葉に、アルは苦笑する。
「お前に言われたくない」
静夜はいつも眠そうな目をしている。
聞けば夜中までゲームをやっているかららしい。
「俺は深夜には寝てるし。朝も遅いってーの。お前は? 寝れてないの」
静夜はアルの不眠について知っている、数少ない友人だった。
ただ、理由までは話してない。
静夜もなぜ、ということは聞いてこなかった。
静夜がそばにいるとなんとなく落ち着かない。
彼から漂う甘い匂いが、彼がアルファであるとアルの本能に訴えかけてくる。
強いものじゃない。本当に、わずかな匂いだ。
たぶん、今朝兄の匂いに充てられたからだろう。
普段は気にもならないのに。
頭がくらくらする。
アルは首を振り、目を閉じて頭に片手を当てた。
「アル?」
心配そうな、静夜の声が聞こえる。
「なんでもない」
無理やり笑顔を作り、友人を見る。
最後まで授業を受けるのは無理かもしれない。
そう思い、スマートフォンをブレザーのポケットから取り出し、午前で早退したい旨を凛にメールした。
『病院行く?』
すぐにそう返事がくる。
少し考えて、行く、と返事をするとまたすぐにメッセージが来る。
『わかった。病院に連絡しておくよ。オミにも連絡しておくから』
その返信を見て、アルはスマートフォンをポケットにしまった。
重い身体をおして、たちあがる。
友人に保健室に行くことを告げると、送ろうか? と申し出をされる。
それを首を振って断り、ふらふらと教室を後にした。
保健室には時折お世話になる。
今日みたいにアルファのフェロモンにあてられ気分が悪くなることが、最近増えた。
これで発情するようになったらどうなるのだろうか?
怖い。
発情期のオメガがどうなるのか。
そういうAVを見たことがある。
アルが見たAVに出ていたのは、男性型のオメガだった。
上気した頬。口の端から唾液を流し、男の性器を求める姿は淫乱そのものだった。
後孔から蜜を溢れさせ、自分から腰を振っていた。
理性も何もかも崩壊し、ただ、快楽を求める姿は衝撃だった。
あんな風に自分もなるのだろうか。
おいしいと言って、男のモノを口に入れて、あれを中に受け入れるのだろうか。
そう思うと寒気がする。
いつ来るのだろうか。
医者にはいつ来てもいいように、発情を抑える抑制剤を持ち歩くように言われていた。
ブレザーの胸ポケットにあるピルケースに、薬はいつも入っている。
ゆっくりと階段を下り、保健室へと向かう。
ノックせず中に入ると、保険医の大谷先生が、端にあるデスクに腰かけていた。
窓があいていて、風に白いカーテンがわずかに揺れる。
こげ茶色のウェーブかかった髪に、黒い縁の眼鏡をかけた先生は、物音に気が付いてたち上がり、アルに歩み寄る。
「顔色悪いわね」
「迎え来るまで、寝てたいんですが」
掠れた声で言い、アルはふらふらとベッドに向かって行った。
ブレザーを脱ぎ、スマートフォンを枕横に置くと布団の中にもぐりこんだ。
眠れるだろうか。兄も、リンもいない今なら。
徐々に瞼が重くなっていく。
アルはそのまま、すうっと眠りにおちていった。
匂いがする。
柑橘のような匂い。
兄のつける香水の匂いだ。アルファのフェロモンをおさえるための、香水の匂い。
ハッとして目を開けると、ベッドの横にある椅子に兄が座っていた。
自分よりずっと背が低く、長い黒髪もあいまって見た目も女性じみているアルファの兄。
本当に双子なのか疑われるが、確実に近い遺伝子を持っている。
兄は微笑んで言った。
「リンから、メールが来た。僕も帰るよ」
「……べつにいいのに。俺に付き合わなくても」
そう答え、顔をそむける。
「なんで。兄弟だろう?」
兄弟。その事実が重い。
なんで彼が兄なんだろう。兄でなければ、この人の|番《つがい》になりたいと、心の奥底から願うことができるのに。
近親では、婚姻はできない。
昔は、アルファと言う血統を守るため、強い超能力者の血統を守るために近親婚を繰り返したらしい。
だが今はさすがにそんなことは法律が許さない。
「1時前にはむかえにくるって。
授業始まるから、僕は戻るよ。
昼休みになったら鞄持ってくる」
「いいよべつに。自分で取りに行くから」
「アル」
きつい口調で名前を呼ばれ、心が震え出す。
プレッシャーを感じ、アルは兄に目を向ける。アルファの持つ威圧感に気圧され、アルは身体が硬直するのを感じた。
「僕が持ってくるから。わかった?」
反論など許さない。
そんな声音で兄は言い、アルは黙ってうなずくことしかできなかった。
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