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あの日誓った
眠れない夜が来る。
アルは学校を早退し、病院で薬をもらってそうそうに家に帰った。
医者には、兄達から離れた方がいいと言われたが、そんなことできるわけがなかった。
別に体調が悪くなければふたりのフェロモンに左右されることなんてないし、学校にだって普通に行ける。
全部、不眠のせいだ。
結局、保健室で一時間少々寝たあと眠れてはいない。何度も寝返りを繰り返し、昼休みになって兄が迎えに来た。
発情期がくるならさっさと来ればいいのに。
けれどそれはやってこない。
「一緒に寝る?」
ふたりきりのリビング。
こたつに入って隣り合い、テレビを見ているとふざけた口調で兄に言われた。
顔をそらし、
「子供じゃあるまいし」
と、出来る限り不機嫌な声で答える。
兄は笑って、そうだね、と言った。
兄がそばにいたら、眠れるだろうか。
彼に抱き締められて、眠ることができたら。
妄想し、顔が赤くなるのを感じて首を横に振ると、不思議そうな顔をした兄がこちらを見つめていることに気がついた。
テレビ……CS放送の海外ドラマだが、内容が殆ど頭に入ってこない。
「どうしたの」
「な、なんでもない」
兄にこんな感情抱いちゃいけない。
それはわかっているのに。
兄の手が額に触れ、息がかかるほどの距離に顔が近づいてくる。
「熱はないみたいだけど、顔が赤い」
「な、なんでもないってば」
そう言って、手を振り払い立ち上がる。
「トイレいってくる」
アルがリビングをでると、ちょうど廊下にリンが出てきた。
煙草の匂いが鼻につく。
彼はヘビースモーカーだ。
そして、毎日のように誰かを抱かないと気がすまない、セックス依存。
今日迎えに来たときも、車のなかはむせるような甘い匂いが漂っていた。
誰かと寝てきたと、すぐに気がついた。
たぶん、彼と同じアルファと。
アルに気がついたリンは、歩み寄ると兄と同じように額に触れてきた。
「顔赤いみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫だから」
身をひいて、彼から逃げようとする。けれど手が、腰に回され抱き寄せられてしまった。
ぶわっと、甘い匂いが周囲に溢れ、めまいを覚えて思わずリンにしがみつく。
わざとだ。
わざとフェロモンをだして自分を試している。
「大丈夫?」
甘く、低い声が耳元で聞こえ、思わずがばっと彼の身体を押しのける。
彼は優しく微笑み、どうしたの、といつもと変わらない口調で言う。
首を振り、なんでもないと答えて彼の横を抜ける。
身体が重い。
義父母の元に戻ったほうがいいだろうか。
けれどあのふたりはまだ若い。子供を望むなら早い方がいいと思い、高校進学と同時にふたりから離れた。
両親が死んだのは、小学5年生の時だ。
ショッピングモールを襲った爆発テロでふたりは死に、兄は自分をかばい重傷を負った。
兄の背中には、大きな傷がある。ガラス片が突き刺さり、オミは生死をさまよった。らしい。
正直その頃の記憶はあやふやで思い出せないことが多い。
その傷のせいか、絶対にオミは自分に肌を見せない。
なんでテロが起きたのか、アルは知らない。
けれど、テロが起きたという事実は変わらないし、あの時の心の傷は大きいようで、今でも月に一度はカウンセリングを受けている。
養父母とは小さいころから深いかかわりを持っていた。
総合科学研究所と呼ばれる、超能力やアルファとオメガについて研究する研究機関に、アルたちは昔から通っていた。
ふたりとはそこで知り合った。
この町がもつひとつの奇跡――
超能力を使えるようになるという、非常に特殊な一面。
超能力と言っても、明日の天気が正確にわかるだとか、なくしたものを見つけ出すとかその程度だ。
大した力はもてない。
そんなものでも欲しいという人はあとを絶たないが、この町に暮らさなければ力は手に入らない。
移住希望者は多いが、この町に住める人口は限られている。なので、希望しても住むことはなかなかできないのが現実だ。
何かしらの事情で人口が減らなければ、移住はできない。
アルたちはこの町で生まれ、この町で育ってきた。
超能力と言うものは当たり前に存在し、中にはそれこそアニメや漫画のように、強い力を持つ人間が存在する。
アルは風を操り、兄は炎を操る。
風を刃とし、物を壊すのはたやすいし、飛ぼうと思えば風を操り空を飛べる。
そこまでの力を持つ者は希少だ。
アルファよりも数は少ない。
兄もそうだ。
彼の炎で校舎を吹き飛ばすことはたやすい。
そんな力を持ったアルファを、この町は、この国は放っておかない。
だから護衛と言う名の監視をつけている。
それがリンだ。
そして、オメガの自分に宛がわれた、強い超能力を持つアルファ。
リンは雷を操る。
アルたちほどではないけれど、トラックくらいなら容易に破壊できるはずだ。
この国はアルファを増やしたいし、強い超能力者を増やしたいらしい。
だから自分たちは囲われている。
この町に。
リンに。
養父母だって、結局そうやって囲われて結婚した。
養母の葵は強い力を持つ超能力者だ。
養父の理人も、リン並みの力を持つ超能力者だ。
アルはふたりの第二の性について何も知らない。
ふたりの性が何であれ、アルが発情したとしても彼らは大丈夫だろう。
アルファとオメガなら、番以外が発情してもその匂いに誘われ欲情したりはしない。
ベータには、オメガのフェロモンはあまり効果がない。
だから彼らのもとにいれば、とりあえず安らかに過ごせるかもしれない。
けれど兄と離れたくはない。
兄を守ると、あの日誓った。
守れるくらいに強くなりたいと。病院のベッドに横たわる兄を見てそう望んだのだ。
だから離れるなんて選択肢はない。
二度と、兄が傷つく姿なんて見たくないから。
「お前、最近おかしくないか」
翌日。
休み時間、静夜に心底心配そうな顔でそう言われ、アルは目を大きく見開いた。
「おかしいって、何が」
「早退おおいし、体育の授業でも辛そうだから」
早退が多いのは認めるし、体育の授業が辛そうなのは単純に寝不足によるものだ。
おかしいと言われればおかしいかもだけれど、そこまでじゃないと思う。
「べつに。普通だと思うけど」
そう言って、笑顔を作る。
たいていの人間はこの笑顔に誤魔化されるが、たぶん彼には無理だろう。
けれど弱音を吐きたいとも思わない。
「ならいいけど」
と、明らかに納得していない顔で、静夜は答える。
「次の授業、音楽室。
行こうぜ」
そう言って、なぜか彼は手を差し出してくる。
「なんで手なんて」
苦笑して言うと、静夜は自分の手を見つめ、あ、という顔をする。
彼は首を横に振り、
「なんか、危なそうだから?」
と、自問するように言い、出した手を下ろす。
オメガを守ろうとする、アルファの本能だろうか。
そんな本能があるかは知らないけれど。
アルは立ち上がり、静夜と連れだって歩き出す。
廊下にあるロッカーに立ち寄り音楽の教科書を出していると、同じくロッカーに教科書を取りに来た兄に会った。
長い黒髪を後ろで縛り、眼鏡をかけた兄は人目を惹く。
男なのに髪を伸ばしている、ということが理由ではない。
アルの兄だけあって、見た目はそこそこにいいが、アルファとは思えないほど背は高くないし、体つきも女性的だ。
なのに、大勢の中に埋没することはなく、自然と人目を惹きつけてしまう。
アルファ特有の存在感、カリスマとでもいうべきか。
オミは、アルに気が付いて微笑んで手を振る。
できるだけ自然に笑みを浮かべ、軽く手を振って兄に背を向けた。
どうしても心が揺れ動く。
心の中に浮かぶ恋慕を押さえつけ、アルは友人と共に音楽室へと向かって行った。
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