8 / 39

発情

 アルが目覚めると、ぼんやりとしたオレンジ色の明かりが視界にはいる。  見たことのある天井と漂う煙草の匂いで、ここがリンの部屋であることに気がつく。  視線を巡らせる間もなく、アルはベッドに腰かけてる彼に気がついた。  リンは煙草を手にし、それを口に運んでは紫煙を吐き出している。  普段は絶対にアルの前では吸わないのに。  しかも彼はアルたちを自分の部屋に入れたことはない。  なんでこの部屋に寝かされているのかわからず、アルは身体を起こした。  そこではじめて気がつく。自分が服を着ていないという事実に。  かけられていた毛布がはらりと落ち、身体中についた赤い痕が目にはいる。  煙草を吸っているリンは振り返り、いつになく冷たい視線をアルに向けた。 「おきた?」  抑揚のない声に、胃の腑が冷える思いがする。 「なん、で……」  ここにいるの、と言いたいのに掠れて声が出ない。  咳込むと、ベッドわきのテーブルからリンがペットボトルを手に取り、アルに渡してきた。  それを受け取りふたを開け、いっきに水を流し込む。  一息ついて、煙草の火を消しているリンに今一度言った。 「なんで、俺はここに」  すると、リンは身体をアルのほうに向けて、射るような目で見つめてくる。  淡々と、彼は言った。 「アルの友達。静夜君だっけ。彼が送ってきた。  正確には、転移してきたっていうのが正しいけど」  手が、アルの頬に触れゆっくりと滑り落ち鎖骨を撫で上げる。  彼に触られたところからジワリと熱が広がり、アルはとっさに身体をひいた。  すると、くすりとリンが笑う。 「俺を拒絶する?  彼には抱かれたんでしょ? 彼は匂いを誤魔化そうと頑張ったみたいだけど。アル、君から彼の匂いがする」  ぶわっとリンから匂いが溢れ、アルは総毛だつのを感じた。  身体の中心でくすぶっている熱が、徐々に広がっていく。 「あ……あぁ……」  ぐらりと視界が歪み、アルはとっさに目の前にいるアルファにしがみ付く。  欲しい。  目の前にいるアルファが欲しくてたまらない。  いや、あんなに彼と……静夜としたのに。  なんで、なんでリンを欲しいと思う? 「君の初めては俺だって思ってたんだけど。残念だよ、アル」  手が、優しく頭を撫でる。  リンの匂いはどんどん強くなっていき、アルは徐々に息をあげていった。 「まあでも。  まだ4日ある。彼、君の中に直接出さなかったんでしょ?  それじゃあ、辛いよね、アル。  発情は、アルファの精液を直接中から吸収すればかなりおさまるのに」 「ひっ……あぁ……」  口から洩れるのは喘ぎ声ばかりで言葉にできない。  アルはこの熱情にあがらう術なんて知らないし、目の前のアルファから逃げる方法なんて知らない。  アルはリンの顔を見つめ、本能のまま彼に請う。 「お願い……ちょうだい」 「わかってるよ、アル。  たくさん抱いてあげる。  彼と違って、ゴムはしないから」  そう言って、リンはアルに口づけた。  口の中を生き物のように舌が蠢く。  舌を絡め取られ唾液を流し込まれ、それをアルは悦んで飲み込んだ。  欲しい。  彼のすべてが欲しくてたまらない。  ぼすん、とベッドに押し倒され、服を脱ぎ捨てるリンをぼんやりと見つめた。  引き締まった身体の中心はすでに天を向いている。  あぁ、あれを入れてもらえるんだ。  そう思うと心が震えだす。  リンはアルに覆いかぶさると、胸の突起を撫でた。  じん、と甘い痺れを感じ、アルはもっと撫でてとせがむ。  ざらりと舌が乳首を舐め、ちゅうっと吸い上げられると徐々にそれは尖り赤みを帯びていく。 「ン……あン……リン、きもち、イイ」 「アル、甘くて美味しい……」  うっとりと呟いて、リンは唇を滑らせていく。  まるで所有物だと言わんばかりに、身体中にキスをおとされ、肌に痕をつけられていく。 「アルは俺のモノだ」  そんなほの暗い囁きも心地いい。   アルはまたの間に差し込まれたリンの膝に擦り付け、もっとほしいとせがんだ。 「こんなに蜜を溢れさせて、イヤらしいね、アル」 「う、ん……リン、キスしてぇ」  脳も、身体もすべてズブズブに溶かしてほしい。  アルファのフェロモンにあてられ、アルは完全に理性を失っていた。  視界が揺れる。  リンが身体を貫き、細い腰を掴んで揺さぶっていく。  ギリギリまで出され、一気に奥まで入れられると、アルは中を締め付け軽くイってしまう。   「ねえアル、わかる?  今、俺と君が繋がっているって。  中、熱いね。全て搾り取られそうだ」 「あ、う……リン、中、ちょうだい。熱いので、いっぱい……」 「いっぱいだしてあげるよ。孕むくらい。  大丈夫、終わったら薬をのませてあげる」 「あん……リン、あっつい、よぉ」  言っている言葉の意味も、聞いた言葉の意味もわからないまま、アルは与えられる快楽に溺れていった。  どれ程快楽の海に沈んでいたのだろうか。  気がつくと、身体の節々が痛くて仕方なかった。  久しぶりに眠れたらしく、頭は大分クリアになっていた。  空いたカーテンから差し込む日の光か眩しくて仕方ない。  時計をみると、10時を指していた。 「おはよう、アル」  近くから声が聞こえたかと思うと、肩を掴まれ振り向かせられる。  そのまま唇が重なり、口のなかを蹂躙されていく。  すぐに息が上がってしまい、アルはリンにしがみついた。  唇が離れ、リンがうっとりとした顔でアルを見つめる。 「薬を飲ませたから大丈夫だと思うけど。  今度はちゃんと、避妊するね。  俺は構わないんだけど、まだ妊娠する覚悟なんてないでしょう?」  妊娠。という言葉に腹のそこが冷える想いがする。  そうだ。  町中で発情し、静夜の家で彼と交わった。  そして、目の前にいる男に抱かれ、生で中に出された。  出来たらどうしよう。  そう思うと歯がカタカタと音をたて始める。 「アル、大丈夫?」  身体をぎゅうっと抱き締められるが、心の奥底で生まれた恐怖は徐々に広がっていく。 「でき、ちゃうの……? あか、ちゃん……」 「大丈夫だよ、アル。緊急避妊薬は飲ませたから」  緊急避妊薬。  それを聞き、アルは安堵する。  けれど何度も中で出されただろうに。  本当に大丈夫なのだろうか。不安は完全には消えず、アルはリンにしがみついた。 「可愛いアル。  そんなにされたら、またしたくなる」 「リ、ン……?」  何度も何度も抱いただろうに。まだ足りないのだろうか。  驚いた目でリンを見つめると、彼はフフっと笑う。 「今日はもうしないけど。だけどね、アル。これからは毎日抱いてあげる。  大丈夫。発情していないかぎり妊娠はしないから」  まるでいいことのように彼はいい、アルの口に口づけた。  それから、アルの日常は変貌を遂げた。

ともだちにシェアしよう!