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誘い

 アルは一週間学校を休んだというのに、誰も発情期を疑いはしなかった。  クラスメイトたちは心配の声をかけてきたが、それを笑ってごまかした。  隣の席にいる静夜も普段と変わらない態度で、少し拍子抜けしてしまった。  変わったのは、自分だけだとアルは思い知った。  あれから毎日のようにリンに抱かれている。  拒絶しても、彼に抗うことはできず、結局されるがままになってしまう。  お陰で夜眠れるようにはなったが、セックスして疲れて眠るのもどうかと思う。  たいていの場合リンのベッドで寝てしまい、朝気が付くと自分の部屋にいる。  とりあえずおざなりに身体は綺麗にされてはいるものの、中に出されたものが漏れ出て下着を汚すことがあり、朝シャワーを浴びる習慣ができてしまった。  幸いオミは朝起きないのでばれてはいないが。    発情したお陰で、クリスマスプレゼントを見にいけていない。せっかく静夜に付き合ってもらったというのに、何もできなかった。  それが心残りでならない。  こうなったらネットで買うか。  けれどネットで買うとなるとオミにもばれやすいし、保護者のリンにひとこといわないといけない。それは正直煩わしい。  同じものにする? とオミと言っていたけれど。そのあと何も話してない。  同じものにするなら話し合った方がいいのだろうか。 「アル?」  思考を遮る声にハッとして顔を上げると、隣の席の静夜がこちらを見ていた。 「え、あ……何?」 「23日、暇?」  23日がなんなのか一瞬意味が分からず、アルは目を瞬かせた。 「祝日で学校休みの日」 「あ……って、何の日?」 「勤労感謝の日」  すっかり忘れていた。  1週間休んでいた……というか1週間記憶がごっそり抜けおちているせいで日にちの感覚がかなりずれてしまっている。  23と言ったら、もう今週だ。 「暇と言えば……暇、だけど……」 「この間、どこにも行けなかっただろ」  声のトーンを落として静夜が言い、アルの脳裏にあの時のことが浮かぶ。  静夜と寝た。  発情していたとはいえ、仕方ないこととはいえ。  彼を巻き込んでしまったことは正直悪かったと思っているが、学校でこんな話しできるわけもない。  ちゃんと話をしたいと思ってもどう切り出してはいいかわからず時間だけが過ぎていた。 「暇っていうか……俺、外行かないし」 「じゃあ、もう一度行かないか」  静夜から誘ってくるなんて珍しい。  アルはこくん、と頷くと、 「出掛けていいか聞いてみる」  と答えた。  すると、静夜は一瞬嫌そうな顔をする。  けれどすぐにその表情は消え、にこっと笑い、 「だめだったら、俺、迎え行ってやろうか」  とふざけた口調で言った。  彼は瞬間移動ができる能力者だ。  しかもかなり上位の。  その能力はこの間まざまざと見せつけられた。  町中から自分の家まで人を抱えて転移してのけるのは、かなり強い超能力者じゃないとできないことだ。  もしかしたらアルと大差ないかもしれない。 「瞬間移動ってこと? 静夜、どこでもいけるの?」 「え? あー、場所さえわかれば?」 「まじで」  本当なら羨ましい限りだ。  遅刻もしなくてすむのだから。 「って、もしかして学校にもそれできてるの?」 「あー、遅刻しそうなときは」 「それって毎日じゃねーの」  彼はいつだって、学校に来るのがギリギリだし、登校時間に彼をみた記憶がない。  静夜は笑ってたまには歩いていると答えた。  好きだ。  とか言われた気がするがあれは現実だろうか。  いまいち思い出せない。  そんなそぶりは今までなかったように思う。  なんか心配してくるかな、程度だ。  あれは夢だったのだろうか? あの発情していた時の記憶はおぼろげで覚えていることは本当にあったことなのか自信が持てない。  授業中、ちらりと隣の席を見る。  静夜は眠そうに欠伸をしている。  アルファと言うことは、オメガと見合いとかしているのだろうか。  噂では高校生のうちにアルファとオメガは見合いをさせ「運命の番」を探すらしい。  本能が呼び合うとか、魂が惹かれあうとか言う番は、決して離れることがないらしい。  都市伝説か何かとしか思えないが、そう言う噂は絶えずある。  リンはとっかえひっかえだし、もうひとり知っているアルファの稔はたしかリンの愛人だ。  見合い話はあるのかどうかわからないが、彼は警察官だから本気で見合いしたらさぞかしモテるだろうと思う。  少なくとも身近には運命の番に出会ったという人はいない、と思う。  病院に医師たちを当たればいるかもしれないが。  この町は6万人程度しか人口がいない。  壁に囲まれた町ではたしてそう言う相手に出会えるのだろうか? 疑問だ。  チャイムの音に、思考がさえぎられる。  今日の授業はこれで終了だ。担任が来てホームルームを受ければ終了である。  担任が来て軽く連絡事項を伝え、帰りの挨拶をする。  ざわつく教室のなか、アルは鞄を背負いマフラーをして廊下へと向かった。 「アル」  背後から声をかけられて振り返れば、静夜の姿があった。  玄関まで一緒にいこうと言われ、断る理由もないのでうなずいた。  他愛もない話をしながら、玄関へと向かっていく。    玄関を出て道路の向かい側に、学園専用の駐車場がある。  そこに毎日リンが送迎してくれている。  今日もその駐車場には、すでに彼の乗るスポーツタイプの黒い車が止まっていた。 「俺、迎え来てるから、じゃあ」  そう静夜に声をかけて、横断歩道へ向かおうとすると、ふいに腕を後ろから掴まれた。  何かと思い振り返れば、静夜の顔がすぐそこにある。  息がかかるほどの距離で、彼は真面目な顔をして言った。 「23日な」  それだけ告げて、静夜は離れていく。  なんだあれ。  疑問に思いつつ、アルは道路をわたり駐車場へと向かった。  リンの車に近づき、後部座席のドアを開ける。 「アルお帰り」  そこにはすでに兄が座っていた。  どうやらアルの方が終わるのが遅かったらしい。 「ただいま。っていうか早くない?」 「そう? 普通に終わったと思うけど」  そんな言葉を交わして、座席に乗り込む。 「ねえ、アル。何かあったの?」  不思議そうな顔で兄が自分を見つめる。  訳がわからず首をかしげると、 「リン、なんか笑ってたから」 「なんでもないよ、オミ」  こちらを振り返ったリンはいつもと変わった様子はなかった。 「あ、リン。  23日、出掛けたいんだけど、いい?」 「どこにいくの」 「デパートとか。クリスマスのプレゼント見に行きたくて。静夜といってくる」  すると、一瞬空気が止まったような気がした。  よくわからない沈黙のあとリンは、いいよ、と答えた。 「プレゼント……」  とオミが呟き、スマートフォンを取り出す。  覗きみれば、大手ショッピングサイトをみているようだった。 「5時には帰ってきなよ」  とリンは言い、車を発進させた。

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