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第3話
結局、日があるうちに若様は帰ってらっしゃらなかった。
奥様にバラをお渡しした時には、すぐにでも帰っていらっしゃるのかと思ってたのに、若様のお顔を見られなくて、僕はがっかりした。あんまりにもがっかりし過ぎて、寝る時間だというのに、ベッドに入っても眠れない。何度も何度も寝返りを打つけれど、眠気はまったくやってこない。
仕方がないから僕は、そっと家から抜け出すと、庭園の方に向かって歩き出した。庭園は、僕の住んでいるところからお屋敷を挟んで反対側。足元には、人が通るたびに、ポワンと明かりが灯っては消えていく。庭園は月明りに照らされていて、緑の匂いに癒される。
僕は時々、眠れない夜、こうして家を抜け出しては、庭園のはずれにある東屋で時を過ごすことがあった。そこは昔、まだ僕が幼い頃、若様が僕によく絵本を読んでくださった場所。ここにくれば、若様のことを思い出せる。
僕はトボトボと東屋へと歩いていると、微かに門が開く音がした。
「もしかして、若様?」
僕は嬉しくて、庭園の小道を急いで門の方に走った。植え込みの中から、そっと覗き込むと、黒い車が静かに入ってきた。若様だったら、車ではなくてバイクでお戻りになるか、とがっかりしたが、その車から現れた若様の後ろ姿を見て、僕は嬉しくなった。
「若様だ……あっ」
小さく呟きながら若様の背中を見つめていると、若様のそばに見知らぬ人間の男の子が立っていることに気が付いた。
僕のように半獣人ならいざ知らず、獣人の国では人間の姿を見かけるのは珍しい。茶色い髪の平凡そうな彼の姿に目を奪われていると、今度はヒデュナ様も車から降りてきた。三人が親し気に微笑みながら、お屋敷の中へと入っていく。
「あの子は誰だろう……」
若様と人間の男の子の間で交わされた視線が、すごく気になって、僕は急いで若様のお部屋の辺りまで移動した。少しでも、若様の顔が見たかったのと、やっぱり、あの男の子が誰なのかが、知りたかったから。
しばらく様子を伺っていると、若様のお部屋の灯りがついた。帰って来た!その瞬間の喜びは、次に目の当たりにすることで一気に悲しみへと変わった。
窓を開けて外を見る男の子。その後ろに立つ若様が、彼を抱きしめていたのだ。そして、二人が親し気に微笑みあっている。何かを親し気にこそこそと話している姿に、頭に血が上ってしまって、聞き耳を立てる余裕もなかった。
僕がそうして立ち尽くしている間に、二人は部屋へ戻っていった。あまりのショックに、僕は部屋の灯りが消えても、いつまでも若様の部屋を見上げていた。
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