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第4話
結局、あまり寝付けなかった僕。今日は母さんの手伝いをしなくちゃいけないから、作業着姿で、ぼーっとしながら家の前を掃除していた。
「ルイ、ちょっといいか」
屋敷の執事のホルグさんが、屋敷から出てきた。僕よりも大柄だけれど、彼は犬系の獣人のせいか、あまり怖い感じはしない。
「なんでしょうか」
箒を壁によせると、ホルグさんの傍に駆け寄る。
「今、お泊りになってるお客様がバラ園に向かわれた。追いかけてお手伝いして差し上げてくれ」
「お客様……」
「人間のお姿なので、すぐにわかるだろう」
僕にはすぐにわかった。あの人間の男の子のことだろうと。そして、昨夜の二人の親し気な姿が頭の中をよぎる。
「ルイ?」
ホルグさんが訝し気に声をかけた。
「あ、す、すみません。わかりました。すぐ行きます」
「頼んだよ」
僕は箒をそのままに、バラ園の方に向かう。屋敷の裏手にある家から、ぐるりと周りこまなくちゃならない。僕が歩いている間に、何人かの使用人たちが窓を開けながら掃除をしている。
『あの人間の子、ノア様って、奥様が呼んでらしたわ』
『なんでも、エリィ様の幼馴染だそうよ。ホルグさんがおっしゃってたわ』
『へぇ!』
そんな言葉が耳をかすめる。あの子は、若様の幼馴染?ずいぶんと年が離れているように見えたけれど。
バラ園に着いてみると、ホルグさんが言ってたノア様が若様のお好きなバラの前に立ち止まり、匂いをかいでらした。その様子をこっそりと覗いている僕。くすんだ茶色い髪と、その横顔からは、これといって綺麗というわけでもない、普通の人間にしか見えない。この人が、若様の幼馴染で、あんな風に抱きしめるような相手なんだろうか。僕の胸の中に、黒い想いが湧いた瞬間だった。
その時、僕は無意識に動いてバラの葉に触れてしまったらしい。カサッという音に、ノア様が気づいて「だ、誰?」と、声をかけてきた。仕方なく、バラの陰から顔を出して声をおかけした。
「あ、あの……ホルグさんに言われて……」
「そ、そうなんですか」
妙に緊張した様子を訝しく思ったけれど、金色の瞳を大きく見開きながら、僕を見つめながら呟いた「綺麗ですね」という言葉に僕は、一瞬、戸惑ってしまった。人からそんな風に言われたことなどなかったから。
ノア様はお部屋に飾るバラが欲しいというので、ノア様がお持ちだったハサミと軍手を受け取ると、秋に咲くバラが多くある場所へと案内した。若様のお部屋のバラはお気に召さなかったのだろうか。それを思うと、少し悔しい。
たくさん咲いている所まで案内すると、目を輝かせて「すごい!」とバラに夢中になった。そして、奥にある、奥様のお気に入りのバラの花の話をすると、うっとりとした顔をしてる。僕よりも少し小柄なノア様の様子に、まるで幼い子供のような印象を受けた。若様は、こういうタイプがお好きなのだろうか。
僕がピンクのバラとオレンジのバラ、二種類を勧めると、ノア様はすぐにオレンジのほうを選ばれた。ノア様の元気な雰囲気に似合うかもしれない。そう思いながら、僕は何本かバラの花を切ると、ヘンリーさんを真似て、棘を取ろうとした。だけど、なぜかヘンリーさんみたいに、パッパッと、うまく取れない。ノア様は「そのままでいいですよ」と、おっしゃったけれど、僕にも少しだけど意地がある。なんとか棘をとれたバラをノア様に渡すと、嬉しそうに微笑みながら、バラの匂いを楽しんでいた。その様子に、一安心した時。
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
にっこり笑いながら、僕を見上げてきた。
たぶん、ノア様と会うことは、もうないだろうと、思ったけれど、それを無視できるほど、僕も強くはない。
「ルイ、と申します。ノア様」
「あ、僕の名前、ご存じなんですか」
「ええ、屋敷中で噂になっております。若様の幼馴染でらっしゃると」
そして、恋人、なのでしょう?
僕は笑顔の下で、気持ちがどんどんと冷たくなっていくのを自覚していた。
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