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第7話

 次の日の僕は散々だった。  グルグルと考えすぎて眠れなくて寝不足だし、母さんが朝早くから作ってくれたパンの入った籠を持って出るのを忘れそうになったし、驚くほどの単純なミスばっかりして、おじさんたちの邪魔してばかり。あまりの酷さに、おじさんたちに怒られるのではなく、体調が悪いんじゃないかって心配されて、結局、早めに帰されてしまった。  大きくため息をつきながら、お屋敷へ帰る途中、だらだらと歩く僕の隣に、黒い車がスーッと近寄って来た。近いな、って思ったから僕は道路から離れようとした時、車の窓ガラスが下がり、中から黒豹が顔を出して「よぉ」と、声をかけてきた。   「ちょっと兄ちゃん、止まれよ」  そう言いながら、車は僕の歩調に合わせたようにゆっくりと進む。僕は怖くなって、足を速める。 「おいおい、逃げんな。何も怖いことしねぇから」  まさに猫なで声、というのだろうか。黒豹のそれも男が、そんな甘い声を出しても気持ち悪いだけなのに。 「止まんねぇと、逆に、殺すぞ」  その声の冷たさに、僕の心臓は氷の矢で突き刺されたようになる。そして、ゆっくりと足を止めた。 「そうそう、言うこと聞けばいいんだって。ホント、たいしたことじゃねぇからさ」  車が止まり、黒豹はその中から僕のことをジッと見上げている。僕は奴の目を見ないようにして前を向いていた。お屋敷の入口まであと少し。半獣人とはいえ、僕だってそれなりに足は速い。車のドアを開けて追いかけてくるにしても、お屋敷の敷地内までは来ないだろう。そんなことを一瞬で考えていた時。 「お前、アイサー家の使用人だろ?今、ここに人間の男の子が来てやしないかね?」  窺うような眼差しを感じながら、僕はすぐにノア様のことじゃないかって予想がついた。だけど、こんな怪しい奴が、ノア様に何の用があるっていうんだ?僕は、早いところ、ここから逃げたくて「知らないっ」とだけ答えると、黒豹が声をかける間もなく、屋敷の門まで人生最速で走り抜けた。

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