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第8話
黒豹のことは気になったけれど、ノア様は屋敷の中にいるんだし、それほど気にすることはないだろうと、その時、僕は思ってた。
次の日は、王宮へは呼ばれることもなくて、僕は母さんの手伝いでお屋敷の庭園の手入れをしていた。道路の傍の少し高い木の枝を脚立に乗って切っていると、道路を歩く人の姿が見える。その様子に、お屋敷の厨房にいる子と、メイドの二人の女の子だっていうのはすぐにわかった。そして今朝のことを思い出した。
母さんに頼まれて、バラ園でいくつか花をとるために中に入ろうとした時、彼女たちの言葉が聞こえてきた。
「……あの人間、なんなの?」
「エリィ様に抱き着いたり、エミール様に抱き着いたり、節操ないっていうか」
「それに、あの匂い。エリィ様とご一緒していながら、誰ともわからない匂いをまき散らしてさ」
僕の方など見向きもしないで、カッカしながら歩き去っていく彼女たちを見送った後、そこでノア様とばったり出会ってしまったのだ。ノア様は困ったような顔をしながらも「お、おはようございます」と小さく挨拶だけして走り去ってしまった。僕のほうも挨拶を返そうとしたけれど、彼には届かなかった。
その悪口を言ってた三人が、やっぱり歩きながらもノア様の悪口を言っている。確かに、あのバラ園で会った時、ノア様には若様の匂いとは違う誰かの匂いが濃く漂っていた。あれは、初めてお会いした時にはなかった匂い。そう思い返すと、チクリと胸の奥が痛くなる。あのバラでいっぱいのお部屋で、ノア様に何かがあったに違いない……そう思って鬱々としていると、彼女たちの傍に黒い車が近寄っていった。
黒豹だ。
今度はメイドたちに接触してきたのか、と思った。脚立から身を乗り出して彼女たちの方を見ると、黒豹に声をかけられた瞬間、猛ダッシュで門の中に消えていった。さすが獣人、スピードが違う、と思っていたら。
一人だけ戻ってきた。メイドの一人だ。
彼女は黒豹の傍によると、何やら話始めた。だけど先に戻ったはずのどちらかが声をかけたのだろう。彼女は黒豹に何かを渡されて、そのまま屋敷の敷地の中へと戻っていった。
僕はその様子にひどく不安になった。
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