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想いを重ねる夜8
「穂高さん、さっきから何か変ですよ」
首を傾げたまま話しかけた俺の視線を受けて、なぜだかにっこりと微笑みかける。穂高さんの背中で顔を俯かせたお父さんが、静かに眠っている状態に見えた。
「俺は君たちを送ったら、網の補修をしに漁協に戻る。かなり直さなきゃいけないところがあるから、帰りは朝方になると思うんだ」
湿度を含んだ海風が吹く中で告げられた言葉に、歩いていた足がピタリと止まってしまった。
「どうして……。だって穂高さん、お酒を飲んでるのに仕事をするなんておかしい」
「せっかくお父さんが来てるんだ。親子水入らずで話し合いたいことだってあるだろう。俺のことは気にせず、今夜一緒に過ごしたらいい」
「でも――」
立ち止まったままでいる俺の前に立ちはだかるように歩み寄るなり、コツンと額を合わせてくる。
あまりに近すぎて穂高さんの目線に合わせることができなかったけれど、触れている額から熱をじわりと感じるだけで、素直になれる気がした。
「千秋、仕事の忙しいお父さんがスケジュール調整をして、わざわざここに来たとは思わないのかい?」
まっすぐ俺を見据えたままお父さんを背負い直しながら、スラスラ流れるようにセリフを告げる。それはまるで事前に用意されていたように聞こえてしまったのは、どうしてだろうか。
お父さんも俺も素直じゃない人種で、人前だと余計に思ったことが言えない。それを考慮した穂高さんはわざと仕事を作って、俺たちをふたりきりにするために出かけるなんて――。
「穂高さんのお父さんと同じように、忙しい中から時間を作って来てくれたんだろうね」
俺が言葉を発すると合わせられた額が離され、やけに優しげな眼差しが注がれる。
「さすがは千秋。俺の父さんのことまで分かってしまうなんて、できすぎた恋人だよ。まいった」
言うなり素早く背中を向けて歩き出す背中を、小走りで追いかけて隣に並んだ。
「イタリアに行ったこと、千秋に話したことが合ったろう?」
「はい」
じっと前を見たまま話し出す穂高さんの話に、顔を上げながら耳を傾けた。
「十数年ぶりに逢ったせいだろうか、話が尽きなくてね。すごく楽しかった。だから千秋にも、その気持ちを分かってほしくてね」
「だからお父さんと二人きりにしようとして、仕事をしに行くなんて言い出したんですか」
「ん……。千秋自身にも、知りたい事情がいろいろあるだろう? 本当のお父さんのこととか」
穂高さんの問いかけに、黙ったまま首を頷かせた。
(どうしよう、涙が出そうだ。俺が諦めていた問題を拾い上げて、自分から身を引き、叶えようとしてくれるなんて――)
「ここは、恋人の言うとおりにしたほうがいいんだよね?」
「さすがは俺の千秋だね。察しが良くて助かる」
俺を見つめる穂高さんの瞳が、嬉しそうに細められた。
「穂高さんだって本当は、お父さんとたくさん話したいことがあるんじゃないの?」
「大丈夫だ。千秋に逢う前に、これでも結構話をしたと思う。俺と話をしていたお父さんを見ていて思ったんだが、俺なんかよりも千秋とたくさん話がしたそうな感じが伝わってきてね」
「そうかな……」
この島に来る前に、会社にかかってきた電話を思い出した。勝手に見て直ぐに帰ると言ったお父さんが、俺と話がしたいとはどうしても思えない。
「俺が間違ってることを、言ってると思うかい?」
「思わない。だって穂高さんだから」
迷いなくそう思えるのは、人の機微に聡い恋人だからなんだ。ふとした仕草や会話の流れから機微を捉えて、隠された感情を読み取ってしまう。
ごくまれに深読みして外すことはあれど、それは俺限定の話なので、きっと大丈夫なはず。
俺が微笑みながら穂高さんを見上げると、お父さんを背負っているというのに、軽く体当たりしてくる。
「ちょっ、穂高さん。危ないって」
「その笑顔でお父さんと話をしたら、きっと前よりも距離が縮まるだろうね。俺としてはちょっと妬ける」
小さく笑った穂高さんの視線の先には、住み慣れた自宅が映っていた。同じように自宅を見つめつつ、両手の拳をぎゅっと握りしめる。
(粋な計らいをしてくれた穂高さんには悪いけど、やっぱり緊張しちゃうな)
「千秋、笑顔が引きつっているよ。緊張を解くのに今ここでキス――」
「しなくても大丈夫ですっ。お願いだから顔を寄せないで~! 本当に大丈夫!! 駄目だって!!!」
お蔭で妙な緊張はなくなったけど、これだけ騒いでいたらお父さんは起きてるんじゃないかななんて、思わずにはいられなかった。
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