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急転直下15
「遅かれ早かれ真実を知った千秋は、俺から離れていく運命だったと思う。まさか男の元に走るとは、思いもしなかったが」
「紺野さん……」
「俺の大事な千秋を泣かせたりしたら、即刻連れ戻しに来てやるからな。覚悟しておけ!!」
ちょっとだけ鼻をすすりながら豪語された言葉に、しっかりと姿勢を正した。
「お前たちの付き合いを認めたわけじゃない。絶賛反対中だ」
「承知しています。認めてくださいなんて、我儘を言うつもりはありません」
「当然だ。むしろ、今すぐにでも別れてほしいくらいなのに」
「…………」
「……あれの幸せそうな顔を見たら、別れろなんて言えないだろ」
両手を握りしめて悔しそうな表情を浮かべているお父さんの姿を見て、声をかけることができなかった。
「おーい、井上ぇ!」
どうしたらいいだろうと考えあぐねていると、俺の背後から自転車に乗った船長が、大きな声をあげてこっちに向かってきた。
今夜の仕事を無理して休むため、理由を告げず一方的に喋った後にいきなり電話を切った経緯がある。それがもとで俺を捜しているのを、一瞬で導き出したのだが――このタイミングで現れるとは思いもしなかった。
やがて傍にやって来ると自転車を停めて怒った顔のまま近づき、大きく右腕を振りかぶる。
ばこんっ!
頭を叩かれた痛みを歯を食いしばってやり過ごしたら、紺野さんに向かって勢いよく指を差した。
「こちらは、どちらさんなんだ?」
「千秋の実のお父さんです」
「あの、はじめま――」
「おめぇ、ばっかじゃねぇの! そんな大事な人を、こげな人気のないところに連れてきて。気が利かないにも、ほどがあるべさ!!」
船長は力任せにもう一発俺の頭を殴ってから、自分の怒号に驚いて口を引き結んだお父さんにペコペコ頭を下げた。
「ほんとに本当にすみませんっ。俺は島でコイツの面倒を見ている者なんですが、いろいろ問題を抱えたバカだから、全然空気が読めないせいで、貴方様をこんな辺鄙な場所にお連れして」
尚も頭を下げ続ける船長に、困惑の表情をありありと浮かべたお父さんが両肩に手を置いて、強引に頭を上げさせた。
「お気になさらずに。最初から、ここが目的地だったものですから」
「へぇっ!?」
「船長、すぐ傍に千秋が勤める農協が見えるんです」
言いながら建物に指を差すと、感嘆の声をもらす。何気に驚いた顔が可愛らしく見えるのは、ここだけの話だ。
「こげなとこに突っ立っていないで、中に入って堂々と顔を見せてやればいいべさ。きっと息子さんは喜ぶと思うぞぉ?」
驚きついでなのか、いつも使っている浜言葉で話しかけて千秋の職場に促す姿に、船長の思いやりを感じてしまった。
「いえ、いいんです。突然ですし、仕事のついでに立ち寄っただけですから」
「ということは、お時間はまだあるんだな?」
目をきらっと光らせながら俺に問いかけてきたので、無言で頷いてみせた。
「息子さんがこの島に来てから、なんちゅ~かこう……若者パワーのお蔭で、俺ら年寄りが明るくなったんですわ。元気で働いてる姿に、負けちゃいらんねぇなって」
「はあ……」
「そこんとこを詳しぃく説明しながら、海の幸でも突っつきませんか?」
にこやかに微笑んでお父さんの肩に腕を回すと、強引にどこかへ連れて行こうとする。
(海の幸を突っつきながらということは、行き先は間違いなく漁協だな)
「井上ぇ、俺のフェラーリを自宅に戻しておいてくれや! あとな――」
振り向きざま告げられた言葉に、黙って頷く。ここまで来るのに乗ってきた赤い自転車を、船長の自宅に戻してくれということだ。
「これ、用意しろ!」
言いながら見えないコップを手で作り、何かを飲む仕草をした。
「分かりました。たくさんご用意します!」
俺の返事に任せとけという合図なのか、親指を立ててウインクする。
ご年配方の背中を見送ってから船長の自転車を手にして、小走りに脇道を駆け抜けた。
最初のミッションを終えたらスーパーに行って、たくさんのお酒を購入しなければならないから。
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