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想いを重ねる夜2

***  自転車を必死に漕いで、漁協の倉庫に向かった。  見覚えのある建物が見えてきた瞬間から、言い知れぬ不安が胸を支配する。  穂高さんが俺を攫うように抱きかかえながら、実家を出たのが3月――そこから2カ月しか経っていないからこそ、お父さんとは顔を合わせにくい。こんなに早く逢うことになろうとは……。  俺たちがどんな場所で生活をしているのか親として気になったんだろうけど、わざわざ俺に連絡までして、自分が来島したのを伝えるなんて思いもしなかった。  しかも電話の内容――勝手に見て帰るから顔を出さなくていいと一方的に告げるなり、さっさと切っちゃうあの態度。それなら最初から連絡しなくてもいいことなのに。  言い知れぬ文句を考えてる間に気がついたら、漁業に辿り着いてしまった。  自転車を倉庫の脇にきちんと停めて、複雑な心境を抱えながら扉を開け放つ。途端に鼻に香ってくる、海の幸を焼いた匂い。芳しいその香りに、お腹が自然と鳴ってしまった。 「あっ、ちーちゃん。やっと来たね」 「お父さんが待っていたよ、早いとこ顔を見せてあげな!」  扉を閉めるや否や、おばちゃんたちがこぞってやって来て俺の両腕を強引に掴み、一番賑わっているテーブルの前へと連れて行く。 (――感動の親子の対面だからって、こんな風に引っ張らなくてもいいのに……)  おばちゃんたちに囲まれて激しくたじろぐ俺を、同じように困った顔のお父さんが見上げた。 「…………」 「…………」 「ちーちゃんとお父さん、おんなじ顔して見つめ合っちゃって。やっぱ親子だねぇ、そっくりだわさ」  なかなか口を開かない俺たちを見て、おばちゃんたちや周りにいた人がドッと笑い出した。  親子――本当の親子じゃないのに他人から似ていると言われるなんて、不思議な感じだな。  そんなことを考えていると、お父さんはニコリともせずに口を引き結んだまま、斜め下に視線を向けた。  この人の性格だ、親子じゃないのに何を言ってるんだろうかと、心の中で馬鹿にしているのかもしれない。 「こら、突っ立ったままでいたら駄目だべ」    お父さんの隣に座っている船長さんが、何か喋れと口元を指差した。  俺たちを取り囲んで成り行きを見守っている人たちからのプレッシャーを、肌ですごく感じてしまったけれど、とにかく何か話さなければと内心焦りながら口を開いてみる。 「あの……遠くからわざわざお越しくださり、ありがとうございます」 「――ああ」 「ここまで来るのに、えっと……船酔いしませんでしたか? 疲れたりとか」 「別に……」 「んもう、ちーちゃんってばお父さんに向かって、他人行儀なことばかり喋ってるんだべな。とりあえず、まずはこれを飲みなさい」    よく分からないけどまたしても場が盛り上がり、強引に手渡されてしまった缶ビールを呆気に取られながら眺めた。

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