156 / 175

想いを重ねる夜3

「千秋……ちあ、きっ」  聞き慣れた声が、おばちゃんたちの後方から聞こえてきた。  声の主を確かめるべく首を伸ばして視線を彷徨わせると、穂高さんが両手に缶ビールを持ちながら顎を使って前方を指し示し、缶ビール同士を当て続ける動作をする。 (――あれは、お父さんと乾杯をしろというジェスチャーだな)  分かったという意思を、微笑みと共に頷いてみせた。  すると俺の動きを見た途端に闇色の瞳を細めて、右手に持っていた缶ビールを掲げる。  お父さんと乾杯するよりも先に、穂高さんと乾杯がしたい――なんて考えてしまうのは、俺たちの間に距離があるせいだな。いつもなら必ず隣にいるのにね。  そんな寂しさを隠してお父さんにしっかりと向き合い、笑いかけながら口を開く。 「島の皆さんと乾杯しているでしょうけど、俺とも乾杯してくれませんか?」  言いながら、目の前に缶ビールを掲げてみる。かなり強引な形だけど、自分から乾杯を促す行動を起こした。  こうやって差しで飲むのは、初めてのことじゃないだろうか。お互い、お酒を飲むのがあまり得意じゃないから。 「……乾杯」    テーブルに置いてあった缶ビールを手にし、手荒な感じでぶつけると、その勢いに任せるようにぐびぐびとビールを飲むお父さん。 「乾杯……」  言い遅れてから俺も同じように、ビールを口にした。いつもより美味しく感じるせいか、一口目から半分くらい一気に飲み干してしまった。  その様子を取り囲んだ島の人たちがじっと見るものだから、ひどく照れくさくて俯くしかない。  そんな戸惑っている自分との違いを確かめるべく、お父さんを上目遣いで窺ってみたら、缶ビールを手にしたまま同じように俯いていた。 「やっぱり親子だねぇ。おんなじ顔して俯いちゃってさぁ」  同じ仕草なのを他の人に指摘されて、余計に恥ずかしくなってしまった。お父さんも同じなのか、反論せずに黙ったままでいる。 「せっかくの親子の対面を邪魔しちゃあなんだから、とっとと消えてやれや」  ざわついていたおばちゃんたちに船長さんが口を挟むと、小声で何かを喋りながら方々に散って行った。 「あの、ありがとうございます。いろいろ助かりました」  目の前のテーブルに缶ビールを置き、お父さんの隣にいる船長さんに向かって頭を下げると、げらげら声を立てて大笑いしながら腕を格好良く組んだ。 「喋りたそうな顔してるのを見たら、言葉が勝手に出ちまっただけだ。そして井上の存在感のなさが、更に笑いを誘ってな。可笑しくてならねぇ」  言うや否や笑い出して、いつの間にか隣に座っている穂高さんに指を差す。  船長さんのリアクションに困ったのか、助けを求めるような眼差しを俺に送ってきた。これに対して、どう返せばいいんだろう。  無言で見つめ合う俺たちを見て、仲がいいべと船長さんが呟くように口を開き、お父さんの身体に肘をつんつん当てる仕草をした。  何か言うかもと注視したのに、無表情のまま手にしたビールを飲む。  その態度は、余計に話しかけにくい。この島に来て、どこに行ったのかを訊ねてみたかったのだけれど――。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!