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想いを重ねる夜12

***  カラスの行水と思えるような早さで、さっさと入浴を済ませたお父さんと入れ替わり、俺も風呂に入った。 (一応ベッドの下に、お客さん用の布団を敷いておいたけど、すんなり寝てくれてるといいな。もしかしてその布団の上に胡坐をかいて、今か今かと俺を待ち構えていたりして……)  室内で過ごす、お父さんの動向がどうしても気になってしまい、いつものように長風呂ができなかった。水滴がしたたる髪の毛をそのままに、肩にタオルを巻いてリビングに戻ったら、お父さんは隣の部屋に用意していた布団で、すでに横になっていた。 「ん?」  煌々と明かりが灯された、リビングの隅に目が留まる。  お風呂あがりで喉が乾くだろうと、テーブルにお茶をあらかじめ用意しておいた。それは空になった状態で置かれていて、お父さんが飲み干したことが分かった。 (かなり大きなコップにお茶を用意してたから、てっきり残すと思っていたのにな。だけど、これはこれで嬉しいかも)  空のコップを手にしてキッチンに行き、明日の朝ご飯の準備を終えてから、寝室に移動。暗闇の中でお父さんを踏まないように注意しつつ、足音をたてないようにベッドに潜り込んだ。  真っ暗なので、お父さんが寝ているかは、まったく分からない。下から聞こえるであろう、寝息だけが頼りだった。  布団を肩まで被り、どっちを向いて寝ようか、ぼんやりと考えた刹那――。 「……千秋」  不意に名前を呼ばれて、仰向けのまま固まる。 「っ、は、はい?」  上擦った声が、困惑を思いっきり表している気がして、目を白黒させた。 「おまえはこのまま、あの男とここで暮らすのか?」 「そのつもり、です……」  愛する人の幸せを傍で見たい気持ちは、穂高さんと一緒だった。だからこそ、迷うことなく答えることができる。 「漁師なんていう、自然を相手にしたキツい仕事はこの先、長くは続けられないだろう。そのときがきたら、ここにいる意味がなくなるんじゃないのか?」  穂高さんが漁師を辞めるそのとき――俺がここにいる意味がなくなる? 「俺たちが年をとれば、体の自由が利かなくなるから、そうなることが分かってます。確かに、この島にいる意味はなくなるでしょうが……」  現在進行形で、穂高さんとの今の生活を維持するのがいっぱいいっぱいで、先のことなんか考えてもいなかった。

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