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想いを重ねる夜13

「彼とここで暮らしていくと決めたからには、漁師を辞める理由くらいで、本州に戻るつもりはありません」  静かに――だけどハッキリと、自分の意見を告げた。こんなふうに自分の意見をはっきり言い切ったのは、穂高さんと一緒に実家に顔を出して以来だった。 「コンビニはおろか、まともな医療施設もないこの島で、一生を過ごすというのか。今日の宴会場にいた年齢層を考えると、これから一気に過疎が進んで、住みにくくなるのが目に見えるというのに」 「お父さんは俺に、帰って来てほしいということなんですか?」  これまでの話の流れを考えた結果をもとに、意を決して発言してみた。本来ならお父さんのいる会社に就職しなければならないのに、この島で生活していること自体、間違いなく望まないものだろう。 「……母さんが和解した」  俺の問いかけをスルーして、ぽつりと告げられたひとこと。それは質問の答えになっていないものなれど、表現しがたいなにかが、ぶわっとこみ上げるものだった。『和解』という言葉のお蔭で、胸にあったしこりが溶かされていく気がしてならない。  布団を蹴散らす勢いで起き上がり、暗闇の中で横たわっているお父さんを見下ろした。 「ばあやとお母さん、仲直りできたの?」  自宅近くの施設にいるというのに、昔あった苦い思い出のせいで、逢うことを拒んでいたお母さん。それでもばあやは、実の娘のお母さんにいつか逢える日が来ることを願いながら、ずっと待っていた。 「お父さん、教えてくださいっ!」  起き上がって目を凝らしても、お父さんの姿は見えない。それでも、声がしたほうに話しかけ続ける。 「もしかして、ばあやの体調が命にかかわるくらいに悪くなって、お母さんが慌てて逢いに行ったことで、うまいこと仲直りできたとか?」  ばあやはお母さんに逢いたがっていたけれど、自分からけして動こうとはしなかった。ひとえに、実の娘の気持ちを慮っていた。他にも会社のために、好きでもない相手と結婚させた負い目があったから――。 「その読みは当たってる。お義母さんは風邪を引き、そのまま肺炎になってしまって、救急車で病院に緊急搬送された。年齢も年齢だし体力もだいぶ落ちているせいで、もしかしたらこのままという医者の説明を俺が電話でしたら、母さんは泣きながら病院に顔を出した」 「そんなことがあったんだ……」  心からよかったと、思わずにはいられない。

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