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想いを重ねる夜5

「千秋の姿を見て、どう思いますか?」  一瞬の間をおいてから告げられた台詞に、ぽかんとしたのは俺だけじゃなく、お父さんも何を言ってるんだという表情を浮かべた。 「学生時代には見られなかったスーツ姿を見て、何か感想はあるかなぁと個人的に思っただけなんですが――」  言われてみたら確かにそうなんだけど、実家にふたりで挨拶に行ったときにスーツ姿を見せていることを、穂高さんは忘れちゃったのかな。 (いろんな思いが交差する様子を、お父さんの隣にいる船長さんは固唾を飲んで見守っているし、自分からはどうしても声をかけられない……)  穂高さんの質問に困ったんだろう。手にした缶ビールをまたしても飲むお父さんを見ているうちに、心配になってしまった。あまりお酒に強くないのに、煽るように飲んで大丈夫なんだろうか。 「特に何の感想もない。そんなことは、わざわざ訊ねるべきものじゃないだろう」  そういう当たり障りのない返事をするだろうなと俺としては予想できたのに、なぜか穂高さんは顔を強張らせて、驚きの表情をありありと浮かべた。  というか穂高さんが驚いたことに、逆にビックリするしかない。思わず、まじまじと横顔を見つめてしまうくらいに。 「何の感想もないって千秋のこのスーツ姿に、何も感じないなんてそんな――」  何がショックだったのか、全然分からなかった。額に手を当てながらぶつぶつと何かを呟いているので、顔を寄せてそれを聞いてみることにした。 「これを見るたびに千秋アンテナが起動しそうになって、いつも大変なことになっているというのに、どうして何も感じないんだ……」 (――うわぁ、これは絶対に聞かせちゃいけないシロモノだ) 「ひっ人それぞれ感性が違うから、感じたり感じなかったりするんじゃないかな。アハハ!」  どうして穂高さんとお父さんのやり取りで、こんなに気を遣わなきゃならないんだよ。まるで板ばさみになった、お嫁さんの気分だ。 「井上ぇ、もう少しマシなことを聞くということができんのか? 何かズレてんだよな、お前はよぅ」  俺ができないツッコミを船長さんがしてくれたので、一瞬だけその場が和んだように感じた。 「マシな質問……。それって何だろうか?」  言いながら、俺をじっと見つめないで欲しい。困惑するしかないじゃないか。 「ぉおっ、お父さんから穂高さんに、何か聞きたいことはないですかっ?」  穂高さんからの謎すぎる粘っこい視線を慌てて振りきり、目の前にいる渋い顔をしたままのお父さんに話題を投げてしまった。 「……千秋と一緒に暮らして」 「あ、はい?」  ものすごく小さな声に反応して穂高さんが返事をすると、お父さんは俯いたままやっとという様子で口を開く。 「その……ちゃんとふたりで、やっていけてるのか?」  穂高さん、変な話題を口走らないことを俺は祈る! 「仕事柄、俺たちの生活サイクルは全然違うので、正直すれ違ってばかりいます。昼間は千秋が農協で働き、帰ってきたら俺が漁に出て行くので、会話すらうまくできない日々ですが、それでもお互い何とか時間を作って、念入りに触れ合いを――うっぷ!」  最後の最後で要らないことを言いそうになった口を、ぎゅっと押さえ込んでやった。途中までは良かったのになぁ。

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