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想いを重ねる夜17

***  穂高さんの作ってくれた朝ごはんを揃って食べてから、お父さんをフェリー乗り場まで見送るために家を出た。見送ると言った矢先に「そんなのいらん!」と怒りを露にしながら、頑なに抵抗する言葉を発したお父さんを見て、穂高さんはカラカラ笑いだす。 「千秋と同じように、強がることを言っているお父さんを見ていると、思わず愛着がわいてしまいます」  なんてサラリと口にしたお蔭で、お父さんは心底嫌そうな表情を浮かべて、むっつり黙り込んでしまった。  これにより口の達者な元ホストには、親子そろって勝てそうにないことが、嫌というほどわかった。 「穂高さんってば、怖いもの知らずというか、本当にすごいと思う」  内なる苛立ちを表すように、靴音を立てて前を歩くお父さんを、チラッと見てから指摘すると、形のいい眉をあげる。それは、何を言ってるんだといった顔だった。 「どこら辺が、怖いものになるんだろうか?」 「俺のお父さんが怖くないの?」 「仲良くなりたいと思っているが、怖さはないかな。千秋は俺の父を怖いと思うかい?」 「思いません……」  ふと投げかけられた問いかけに、間髪入れずに答える。 「それと同じということ。わかったらふたりそろって、仲良くしなければならないね」  穂高さんは小さく笑いかけて、前を見やる。それに導かれるように、俺もお父さんの背中を眺めた。あと少しでフェリー乗り場に着いてしまう距離を目の当たりにして、妙に焦ってしまう。 (昨夜はふたりきりで会話したとき、もっと話がしたかったのに、お父さんが心を閉ざしてしまってからは、言葉がまったく出なかったもんな。穂高さんとだったら、自然と会話が弾むのに……) 「どうしたんだい、千秋。おかしな顔をしているが」 「おかしな顔なんて、してるつもりないのに。穂高さんってば!」  お父さんの背中から隣に視線を移すと、闇色の瞳が俺の心をぎゅっと捕まえる。 「あ……」 「俺の言いたいこと、わかるだろうか?」  告げながら優しげな瞳が細められただけで、それまで焦っていた気持ちが蒸発するように、消えてなくなってしまった。穂高さんは俺の心が見えないはずなのに、落ち着いたのを見計らって、優しさに満ち溢れた眼差しを、お父さんに向ける。  それがなんだか寂しくて、躰の脇にある空いた左手を、思わず握りしめた。 「千秋大胆だね。お父さんの前だというのに」 「だって――」 「お父さんと別れるのが寂しいんだろ。俺もそうだったから」  穂高さんのセリフで、当時を思い出した。寂しいと言った彼のセリフとは裏腹に、ずっとにこやかに微笑んでいる顔が脳裏に思い浮かぶ。穂高さんのお父さんが別れの間際まで、ずっとニコニコしていたから、それに合わせて俺も笑っていた。  ふたり並んでフェリーを見送ったあとも、やけにあっさりしていたこともあり、寂しくないんだなと勝手に思っていたのだけれど。

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