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残り火2nd stage 第1章:今までで一番、熱い夏!2

***  賑やかなホストクラブの店内を横目に、さっさと2階に駆け上がり、事務所の扉前に立ってノックをしようとしたのだが――。 「ん……? 喘ぎ声?」  ハッキリとは聞き取れないが、高めの声が漏れ聞こえる。中にはオーナーである、義兄さんがいるはず。どこぞの誰かとヤっちゃってる最中なんてありえない。 俺が顔を出すと知っていながら、堂々とそういう行為をする人じゃないことは分かっていた。 (基本的にイジワルな義兄さんだけど、こういう線引きはしっかりした人で、場の空気に流されることなく、むしろ相手を散々翻弄するタイプだからこそ、あり得ないんだよな、この展開は)  いやぁっ! なぁんてエロい声をじっくりと聞きながら腕を組んで考えていても、埒が明かない。思いきって、扉を軽快にノックしてやった。 「はぁっいっ、どうぞ……」  ドキドキする胸を抱えて、失礼しますと言いながらゆっくり扉を開ける。 「ひっさしぶりっ……って、いってぇな、んもぅ!」  目の前に展開されている姿に、何て言葉をかけたらいいのやら。大きなソファにうつ伏せになって横たわる義兄さんに、見知らぬ男が跨っていた。 「昇さん、もう少し体を労わらないと。これでもかなり、優しく施しているのに」  見知らぬ男が大きな手を使って、やわやわと腰を揉みながら俺の顔を食い入るように見つめる。その目が三白眼で、凄みが普通じゃなかった。義兄さんの新しい恋人だろうか? 「そんなところに突っ立ってないで、座ったらどうだ」  唐突に強面の男に話しかけられ、頷いておどおどしながら向かい側のソファに腰掛けさせてもらう。その間も視線は、しっかりとこっちに釘付けのままだった。 「ふぅん……、いいモノもってるのな。流石は、元ナンバーワンホスト。随分、啼かせてきたんじゃないのか?」 「ちょっと昴さん、いきなり初対面でそれを指摘するとか、卑猥すぎるんだけど……って、いたたっ!!」 「はいはい、年寄りは黙って揉まれていればいいって。それに初対面だからこそ、俺の特技を披露したまでだし」  なぁと気安く話しかけられ、会話に入れといわんばかりに振られても正直なところ、返答に困るネタだ。実際に見せろなんて、強請られたりはしないだろうか? 「紹介が遅れたね、義理の弟くん。俺は笹川 昴(ささがわ すばる)。名字名前両方にSが付いてる生まれつきのドSで、某団体企業の幹部社員。特技は相手の弱いトコを的確に見極められることと、顔を見ただけでソイツがどんなモノを持ってるか分かっちゃうことで~す。宜しくね!」 「ちょっと、マトモな自己紹介すれって。まったく……。それでヨロシクやってくれる人間、俺くらいしかいないんじゃないの?」  跨っている男を強引に押し退けてソファに座り直し、乱れた短い髪の毛を手串で整えながら、こっちを見る義兄さん。  千秋が教えてくれたように髪が短いだけで、随分と印象が変わるものだな――。 「お前が店を辞めるきっかけになった、あのゴタゴタを処理してくれたのが昴さんなんだよ。お蔭様でその後、平穏に過ごすことができているんだ」  義兄さんの言葉にソファから立ち上がり、きっちり頭を下げた。 「井上穂高です。その節は、大変お世話になりました」 「なぁなぁ漁師なんて辞めて、ウチの事務所で働かないか? 俺の舎弟になってくれよ」 「は……?」  きょとんとする俺を見やり、義兄さんがゲラゲラ笑い出す。 「何だよ、昇さん。俺は真面目にスカウトしてんのに。こんな美丈夫を毎日拝めるなんて、目の保養じゃないか」  某団体企業の偉い人に、スカウトされた俺っていったい……。この話を千秋にしたら、義兄さんと同じように笑い出すだろうな。 「目の保養って可愛い義弟をヤクザにするつもりなんて、さらっさらないからね。塀の中にいる恋人に密告してやるぞ、浮気しようとしてるって」  ――塀の中にいる恋人って……? 「それはヤベェから! ただ指を咥えて見るだけにするって。目の保養だけにするからさぁ、なあ?」  またまた話を振られ、何と答えたらいいのやら。ニッコリ微笑んでいるけど、目が笑っていないのが更なる恐怖心を煽っていた。ゆえに、余計答えられない。 「穂高、聞いて驚け。昴さんってこんなコワモテな顔してるクセにネコなんだよ。この目に見つめられながらヤることができるヤツは、大したタマだと思うけどね。脅されて、仕方なくっていう」  確かに――すごく恐すぎて、おちおち興奮していられないかも。 「あ~あ、昇さんの言葉に納得した顔をしちゃったじゃないか。でも否定しないぜ、実際に俺の恋人はすげぇヤツだからな」  言いながら、柔らかい笑みを浮かべる。  さっきの笑みに比べると、全然違う笑い方だ。それはきっと心の中で、恋人の姿を思い出しているからか。 「穂高といい昴さんといい、俺の前でデレデレした顔してくれちゃって。独り身はつらいわー」 「義兄さん、俺はデレデレなんてしてません」  キッパリと言いきったというのに、向かい側にいるふたりは顔を見合わせて、呆れた顔をしながら肩を竦めた。 「この後、恋人のところに行って思いきりヤっちゃいますって顔を、モロに出してるっていうのに、断言できるのがある意味、大物っていうか」 「でしょ。俺の義弟は凄いんだよ。まぁ穂高自身、自分の顔が見えないからこその発言だけどね」  口々に言われてしまったので、思わず顔に触れてみる。 「いいなぁ、昇さん。俺もこんな可愛い弟が欲しいぜ」 「欲しければ、ほら」  男の目の前に、義兄さんはてのひらを見せた。 「ん~……。一千?」  難しそうな顔しながら、俺の顔を伺いつつ口を開く。 「おいおい、冗談はベッドの中だけにしてくれって。そんなに安い男じゃないんだから」 「確かに分かるけどさ。友達割引とかきかねぇか?」 「勝手にオプションなんて付けるなってば。きっかり一億です!」  スッと立ち上がって俺の隣に座ったと思ったら、左腕を抱きしめるようにベッタリとくっついてきた。 「一億円の義弟、手触り肌触り、すっげぇさいこー」 「高い~~~っ! しかも目の前でズルイだろ。せめて、1時間レンタルとかないのか?」 (――1時間レンタルして、何をするつもりなのだろうか?)  ぽんぽん交わされる会話をぼんやりと聞きながら、隣にいる義兄さんに視線を移した。  俺が付けてしまった顔のキズは綺麗サッパリなくなり、前髪を短くしたお蔭で端正な顔立ちが露わになっている姿に、目を奪われてしまう。  そこにいたのは、俺が憧れた義兄さんだった。すっかり険がなくなって、いい表情をしているな――。 「なに穂高。まじまじとそんなに見つめるなんて、俺のこと惚れ直したの?」 「あ、いえ……。出逢った頃の義兄さんを、何だか思い出してしまって」 「や~い、否定されてやんの。可哀想な昇兄さんっ!」 「ふん、別にいいもんね。荒んだ心を千秋に癒してもらうから」 (千秋って義兄さん、どうして呼び捨てにしているんだ――?)  目を見開いて押し黙った俺を見ると、口元にイヤな笑みをわざわざ浮かべた。千秋をエサにして翻弄しようとしていることを、それで察知する。 「そっか、綺麗な水槽の持ち主は千秋っていうのか。こりゃまた、和風テイストな感じだな」  そんな作戦を先読みしたのであえて義兄さんの視線を外したら、俺たちのやり取りになぜか感心した声をあげた強面の男。 「水槽?」  言葉の意味が分からず首を捻ると、隣にいる義兄さんがクスクス笑い出した。 「昴さんとの会話に、水槽って言葉を比喩で使ったんだよ。俺たちのいる世界が汚い水槽で、千秋本人を綺麗な水槽ってね。魚のお前は綺麗な水槽の中で飼われて、安心して息をしていたから、いい顔していたんだと電話で喋ったんだ」 「そういう昇さんも、嬉しそうな声で教えてくれたけどな」 「うっせぇな、もう!」  珍しく声を荒げて慌てまくる義兄さんに、強面の男がニヤニヤしていた。 「なぁ弟くん。こんなトコでのんびりしてるけど、恋人のところに行かなくて大丈夫なのか?」 「はい。バイトで、夜遅くに帰る予定なんです」 「じゃあ、面白いコト教えてやるよ。お前の弱いところを俺が強くしてやる。ヤクザなやり方で……」  口元に妖艶な笑みを浮かべながらゆらりと立ち上がると、テーブルに左手をつき顔を近づけて、俺との距離を一気に縮めた。少しだけ細められた三白眼で、金縛りをかけるようにじっと見つめる。 「穂高の弱いところ、ね……なるほど。昴さん自らレクチャーしてくれるなら、俺は黙って見ていようっと」  固まった俺の隣で先程までの照れをさっさと消し去り、腕を組んで俺たちの成り行きを見守ってくれるらしい義兄さん。助けてくれと視線を飛ばしたのに、どこか楽しげな表情を浮かべ、あっさりとかわされてしまった。 「昇兄さんは君の成長を願っているみたいだから、遠慮なくヤってしまうぞ。おいコラ、目を逸らすな。お前の弱いトコはここだろ?」  遠慮なくという言葉通り、その部分を触れられた俺は――。

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