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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み7
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沈むことができるのなら、この湯船に沈んでしまいたい。ずうっと……。
「穂高さん、何だかすっごく嬉しそうですね」
「そういう千秋は、ものすごく不満そうな顔をしているが。もしかして、まだ足りなかったのかい?」
「そんなワケないでしょう! もうぅ!!」
俺の悲痛な叫び声が、展望露天風呂の中で響いた。
朝風呂を浴びようと、最上階にある露天風呂に足を運んだ俺たち。朝一なのにも関わらずお客さんがたくさん入っていて、賑やかにざわついている状態だから俺が大声で叫んでも、誰ひとりとしてこっちを見ることはなかった。
「千秋が怒ってる本当の理由、実は分かっているよ」
「ホントですか、それ……」
昨日遅くにここに入ったときは、窓の外は真っ暗な状態で何も見えなかった。だけど今は風光明媚な山並みと一緒に海が崖下に広がっていて、目の保養になっている。
そんな景色を眺めつつ、目の保養になる材料その2の隣にいる穂高さんを横目で捉えたら、ふっと瞳を細めて、俺のことを意味深に見つめ返す。
「当たっていたら、キスして欲しいな。ここで」
「100%当たってませんよ。こう見えても俺、繊細なんです」
真っ暗な部屋ならいざ知らず、朝日が照らしまくったあの部屋で、あんなコトをさせるなんて。
「だって、大胆に感じてる千秋が見たかったんだ。怒ってるワケも、根元まで君のを――」
「がーっ! 違うったら!!」
「でも……もっと感じさせようと強引に身体を持ち上げた瞬間に、千秋の足がつってしまうなんて、タイミングが悪かったとしか言いようがないな。つらかっただろう?」
(――はいはい、いろんな意味でつらかったですよ……)
穂高さんの身体の上で快感を絶妙にコントロールしながら、妙な体勢をとり続けた結果、踏ん張っていた足がピキッとつってしまった。
「遠慮せずに腰を動かしていいよって意味で、アシストしようと手を出したのに、全部咥えられなくてゴメンよ千秋。今度はちゃんと、やってみせるから!」
心底済まなそうに謝る穂高さんを、じと目で見るしかない。久しぶりの互いのズレ具合に、言葉が出ないよ。まったく――。
「……俺の怒ってる理由、それじゃないですから」
「ええっ!? だって、えらく残念そうな顔をしていただろう」
「してませんよ。たとえしていたとしても、まったく違う理由ですし」
見晴らしのいい景色に背を向け、大きなため息をついた。以心伝心とはいかなくても、少しくらいは掠ってくれても良さそうなのにな。これは俺のワガママなんだろうけど。
最初は同じだった。ここに来たときに、カウンター傍で穂高さんが言ってくれた台詞。
『千秋と一緒にここに来ることができて、すごく嬉しいよ』
俺の大好きな心に響く低い声で告げられ、しかも同じことを思っていたのが更に嬉しさを助長させたのに、今は悲しいくらいにすれ違っている俺たちの気持ち。いや、面白いくらいと表現した方が合ってるかもしれない。
背中を向けた俺の背後にそっと回りこみ、見えないようにお湯の中で抱きしめてくれる穂高さん。包み込まれる大きな身体からは、あたたかいぬくもりと安心感が伝わってきた。それでも、波立ってしまった俺の気持ちは癒せなかった。
「何がそんなに、君を不機嫌にさせているんだい?」
「それは、その……」
言ったところで、どうにもならないことだと分かってる。だって、穂高さんの過去に嫉妬しているんだから。
肌を重ねて快感を与えられるたびに、何度も思い知らされる。感じさせてくれるこの手やくちびるは、俺以外にも抱いた人がいるからこそ、その経験を踏まえて、俺を気持ちよくさせているんだって。
いつから、こんなにも貪欲になってしまったんだろう。穂高さんの心も身体も全部自分のモノにしているというのに、過去にまで無駄に嫉妬してしまう。
腰に回されているお湯の中の手に、そっと自分の手を重ねた。
「言いたくないのなら、無理して言わなくていい。だけど、これだけは分かっていてほしいんだ」
「はい……」
「君がはじめてなんだ、千秋。身も心も全部、欲しいと思ったのは」
(――俺がはじめて)
「俺は母さんのために、道具として生きてきた。周りの人間も、俺を道具として見ていたしね。道具に感情は必要ないと教えられたからこそ、感情を抱かないまま行為におよんでいたんだ。それは酷く冷めたものでね。生きていくための手段のひとつだったから、感情が伴わないのは当然なんだが」
穂高さんの手の上に置いている俺の手に反対の手が重ねられ、後ろから密着して抱きしめられる形になり、そのままくるりと体を反転させられてしまった。
目の前に広がる外の景色と、背中に感じる穂高さんの熱――洗い場にいる人たちから見えないように、沈んでしまった気持ちの俺を隠してくれることが、すごく愛おしいと思った。
「穂高さん――」
「千秋を抱くたびに、俺の中の感情とかいろんなものが一気に沸騰するんだ。それが熱くなってどんどん膨らんで、それを君に向かってぶつけてしまいたくなる、強い衝動に駆られてしまう……」
身体を抱きしめた両腕に、さらに力が入るのが熱と一緒に伝わる。
「それをしてしまったら、きっと千秋が壊れてしまうかもしれない恐怖に襲われたり、滅茶苦茶に抱いてしまったら、もういやだと嫌われてしまうかもって」
「そんなこと、ない……よ」
「千秋だって、気持ちにブレーキをかけているじゃないか。さっきしたのだって、そんな感じだったし」
「だって、恥ずかしいのもあったんだ。明るい場所で、あんなことをするなんて、その……」
恥ずかしさ半分、穂高さんの過去に嫉妬していたのが半分。そんな感情が入り混じり、快感を逃がしていた。
「恥らう姿もいいけど、たまには俺に溺れてほしい。それを見て、俺も感じるんだからね」
嬉しそうな声色で告げながら、濡れた俺の髪にキスを落とす。
「穂高さんが感じたら、その次はどうするの?」
「俺の膨らんだ感情をちょっとだけ混ぜて、壊れない程度に優しく君を抱いてあげるよ。だから――」
言葉を続けずに俺の顔を覗き込み、無言のプレッシャーをじわじわと与えてきた。
「俺は、穂高さんの想いに応えればいいの?」
「ん……。俺のはじめての気持ちを、千秋に捧げてあげるから」
穂高さんのはじめての気持ち――告げられた言葉がまるで自分が抱いていた嫉妬心を、見事に見透かしているみたいに感じてしまった。切なくて苦しいのに、包み込まれるようなあたたかさが、その言葉から伝わってきて穂高さんの心を表しているみたいだ。
「穂高さん……ありがと」
鼻声で言った台詞に少しだけ苦笑いして、俺の顔にバシャバシャと容赦なくお湯をかける。
「どういたしまして千秋。感謝しても足りないくらいだよ」
慰めるように頭を撫でて、後頭部にその手を持っていったと思ったら、覗き込んでいる穂高さんの顔に、そっと引き寄せられた。
――重ねられるくちびるが、無性に嬉しい。
「感謝も足りないけど、キスも足りないみたいだ。今日何度、おはようのキスをしただろうね」
嬉しそうに笑う穂高さんに釣られて、俺もにっこり笑いかけた。
嵐の中の海で浮かんでいる小船のようにぐらぐらしていた心が、一気に晴れやかになり、こうやって笑うことができるのは、大好きな穂高さんのお蔭だなぁって思わずにはいられなかった。
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