62 / 175

残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み8

***  その後、穂高さんと一緒に大広間で用意されていたバイキング形式の朝食を食べてから、旅館をチェックアウトした。  車でフェリー乗り場へ行き、そのまま乗船。数時間後、磯の香り漂う島に到着して、足を踏み入れる。 「何だか、懐かしい感じ……。どうしてだろう?」 「不思議だね、それは。田舎に帰ってきた感じなのかな」  前回来たのはほんの数ヶ月前だったというのに、何だか1年以上の時間が経過している感覚だ。  フェリーから車を出して、そのまま穂高さんの家に向かう。車なので、あっという間だったのだけれど。 「あれ? 家の前に、誰かいるみたいだよ?」 「ん、ヤスヒロだ」 「康弘?」  穂高さんの家の前にしゃがみ込み、地面に何かを書いてる小さな男のコ。幼稚園児か小学校低学年くらいに見える。 「ヤスヒロ、ただいま! そこに車を停めるから、ちょっと退けてくれないか!」 「お帰りなさい、穂高おじちゃんっ。分かったよ」  康弘くんと呼ばれた男のコは、嬉しそうな表情を浮かべて素早く立ち上がり、いきなり車のドアを開けて後部座席に乗り込んできた。 (――乗り慣れている感じがするのは、俺の気のせい?)  呆気に取られている間にさっさと家の横へスムーズに車を停めて、エンジンを切った穂高さん。 「さて、荷物を降ろそうか。ヤスヒロ、今日はドライブしないから降りてくれよ」  てきぱきと俺たちに言い放ち、車を降りた穂高さんを追いかける。 「ちぇっ、つまんないな、もぅ……」  康弘くんは口先だけでブツブツ文句を言い続け、しぶしぶといった感じで車から降りた。 「穂高さんってば、すっかり島の人だね。こんな小さいコにも好かれちゃって」 「ここでは、何もすることがないから。いろんな人と話すのがとても楽しいし、勉強になる」 「しかもおじちゃんって言われてるの、初めて聞いた」  こんな小さいコにまで好かれてる、穂高さんを見るのも初めてだ。何だか嬉しいな。 「千秋まで、俺をおじさん扱いしないでくれよ。これでも結構、キズついているんだから」  片手に鞄を持って、隣に並んだ俺の頭を乱暴に撫でる。浮かべている表情は少しだけふてくされた感じなのに、何だかんだ言っても優しくしてくれるのは穂高さんらしい。 「ねぇねぇ、この人だぁれ?」  着ているシャツの裾を掴まれたので後ろを振り向くと、同じように穂高さんのTシャツの裾を掴み、俺たちを見上げている不思議顔の康弘くん。  そんな康弘くんの視線に合わせて穂高さんがその場にしゃがみ込み、ニコニコしながら口を開いた。 「この人は俺の弟で、千秋っていうんだよ。夏休みの間ここにいるから、仲良くして欲しいな」 「ち、あき……兄ちゃん」  一人っ子の俺は実は弟に憧れていたので、このひとことに思わずきゅんとしてしまったのはナイショだったりする。  大きな瞳でじぃっと見つめられ、赤面しそうになりながら康弘くんの前にしゃがみ込んで、ぺこりと頭を下げた。 「ヨロシクね、康弘くん。一緒に遊んだりしようか」 「うん! 勉強が終わったらね」    差し出した右手に、力強く握手をしながら言ってくれる。 「こう見えてもヤスヒロは、立派な1年生だからね。きちんと夏休みの宿題を終わらせないと、表では遊べないんだよ」 「ひどいっ! ちゃんと終わらせてから遊ぶもん!」 「怒る理由が分からないな。立派な1年生だって褒めてあげたのに」  うわーうわー、子ども相手でも穂高さん節が炸裂してる。 「じ、じゃあ一緒に勉強しようか? 俺も大学の宿題、たくさん持ってきているから」 「千秋、それって……」 「ホント!? 千秋兄ちゃんと一緒に宿題していいの?」  渋い顔して言い淀む穂高さんと、目をランランと輝かせて俺の右手を両手でぎゅっと握りしめてきた康弘くん。  ふたりの温度差に、若干たじろいでしまうな。 「うん。他にも用事があるから、毎日一緒にできないけどね」  そう付け加えたら、穂高さんがコッソリと安堵のため息をつき、康弘くんは分かったと小さく呟いて俺の手を離した。 「さっさと中に入って、荷解きをしなければ」  穂高さんはよいしょっと言いながら立ち上がり、手早く鍵を開けた。引き戸を開けて中に入る背中を追うように家に入って、すぅっと息を大きく吸い込む。 「ただいま~!!!」  お腹に溜めた空気を、一気に吐き出すような声で言い放った。 「っ……ビックリした。どうしたんだい、いきなり」 「だってこの家に帰ってきたんだ、きちんと挨拶しなきゃと思って」  足元に鞄を置いて、ぐるっと家の中を見渡してみた。そんな俺を抱きしめるべく腰に手をやり、強引に引き寄せられてしまう。 「千秋、俺にただいまの挨拶はないのかい?」  んもぅ、十二分に穂高さんには挨拶以上のことをした気がするのに。しかも、それだけじゃなく――。 「子どもの前で、何をやってるんですか……」 「子ども?」  俺が指差した先には、ちゃっかり家の中に入り込んで、俺たちふたりをじっと見つめる康弘くんがいた。 「しまった。あまりの小ささに視界に入っていなかった」 「小さいって……。どうせ僕は、学校で一番小さいですよ!」  千秋だけ見ていたからという、穂高さんの言葉が霞んでしまった康弘くんの抗議の声で、自宅での逢瀬は一時中断となってしまったのだった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!